二幕 憑き物筋 4

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 私の生家は、確かに昔から憑き物筋と呼ばれる家系でした。でも、実際に、その、憑き物を使役して何かをするとか、もしかしたら昔はあったのかもしれませんが、少なくとも、私の知る限りではありません。昔からの名残でそう呼ばれ続けているようなものなのだと思います。私はもう嫁いで家を出ましたが、実家で暮らしている頃に憑き物に関る事など一度もありませんでしたし、普通の家とそう変わりません。
 ですが、一つだけ、これもただの名残なのでしょうけれど、代々、当主は憑き物を引継ぐんです。というより、憑き物を継いだ者が当主になると言った方が正しいかもしれません。当主は女がなるのが決まりで、当主の死期が迫ると、その時に一番若い者が選ばれて引継ぎの儀式をするのです。いえ、その、これは形式的なもので、勿論若いという基準で選ばれますから、家長となるには幼過ぎるという場合がほとんどですし、本当に、名残なのだと思います。実際に家長の役割を果たしているのは別の人で、今は私の伯父が務めています。
 五年前に、この引継ぎの儀式がありました。その時の当主、私の伯母だったんですが、病を患いまして、まだ六十になったばかりだったのですが、医者に長くないと。我慢強い人だったのが災いして、発見が遅くて。忙しさにかまけて見舞うことなく逝ってしまって。
 すいません。今は関係のないことでしたね。その時、次期当主に選ばれたのが伯母の孫に当たる子で、私にとっては従姉の子ですね、彩女と言います。その彩女が、実は最近亡くなったんです。ええ、まだ本当にこれからで、十一になったばかりだったのに。
 交通事故でした。観光に来ていた車が、スピードを出し過ぎて、彩女を……お恥ずかしい話、家は本当に田舎でして、普段はそんなに車も走っていなくて、あまり子供達に車に気を付けるように注意していなかったのだと思います。ええ、本当に、不幸なことです。
 問題は、引継ぎの儀式をすることなく当主が死んでしまったことです。そんなこと、どうだっていいと思うのですが、伯父達に言わせるととても重要なことだと。亡くなったのは自分の孫だというのに何て不謹慎なんだろうと憤りました。どうせ仕来たりだからと続いてきただけなんです。ここでやめてしまえばいいんです。でも、何代も続いてきたものを急にやめてしまえば、何が起こるかわからないと、伯父がそう言うんですよ。何が、なんて、何も起こる筈なんてないのに、何故か、そう、怖がっていたんです。昔からとても厳格で、周囲から恐れられていたような人だったのに。
 伯父も歳を取ったのだと、その時はそう思いました。やはり、孫の死は相当堪えていたのだとも。特に伯父は、五年前に妻を亡くしているわけですから。ええ、そうです。当主だった伯母のことです。
 ですが……私は家を出ておりますから、知らなかったのですが、彩芽の死を境に、不幸なことが続きまして。死に関るようなものではなく、軽い怪我程度のものなんですが、立て続けに、それも女だけ。しかも、怪我をした妹に聞いたところ、転んだとか、自分の不注意によるものではなくて、気付いたら腕に血が滲んでいたと言うんです。刃物で切られたような傷が、突然出来ていたと。信じられませんでした。妹は、その、昔からありもしないものを見たというようなところがあって。恐らく注目されたいという願望が強いんだと思います。三人兄妹の末っ子で、甘やかされて育ったものですから。
 妹だけなら、私は信じずにいたと思います。でも、それは他にもいて、皆妹と同じようなことを。
 そこで、次の当主を決めようということになったんです。私の娘、四歳になるんですが、ええ、その通りです。次期当主の候補に挙がってるんです。次に若い者ですと、二十三歳の私の妹ですから、他にいなくて。私はもう違う姓を名乗っていますから、娘は関係ないと思っていたんですが。
 娘の学校もありますし、今度の週末、そのことについて話合いをすることになっているんです。ですが、怪我のこともあって、娘に何かあったらと思うと不安で……お願いです。どうか、今度の週末、同行して頂けないでしょうか。娘を、守って欲しいんです。どうかお願いします。


 前置き通り、長い話を終えて、香澄は嗚咽を抑えるように俯いた。充貴にとっては酷く突拍子もない内容で、正直どう反応していいかわからない。ただ、得体の知れぬものへの恐怖は、痛い程に理解できた。
「わかりました」
 嘉月の言葉に、取り出した白いハンカチで静かに目元を押さえていた香澄は、ぱっとその顔を上げた。
「ただ、始めに言っておきますが、我々が行ったからといって絶対ということはありません。特に、実体のはっきりしないものですから」
「はい、わかっています」
「それと、我々はお嬢さんの護衛ではなく、あくまで憑き物の調査という形でしかお受けできません。勿論、お嬢さんが危険な状態になれば、それを守ることは吝かではありません。ですが、主目的は調査です。経験上、この手の話は閉鎖的な場合がほとんどで、暴かれたくないと思っている方が多い。それでも良いと仰るなら、この話、お受けします」
「ええ、それで構いません」
 泣いた名残の赤い目と、眠れぬ証の隈。しかし、その視線は真っ直ぐ嘉月を射抜き、そこに決意を見出せた。

 まるで、暴いてくれと、言っているかのように。



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