終わり 5

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 沈黙があった。
 否、あった、というよりは、作った、という方が正しい。この時の莉茉には、会話の間以上の時間が必要だった。それは、端的に言えば沈静化する為。詳しく言えば、意識して抑えなければ、城野の言葉に間髪入れず噴き出していただろう自分の、湧き出る笑いを退かせる為に。
 全くもって、つくづく損な性格をしている、と莉茉は城野をそう評価する。以前も今も、城野には何もしないという選択肢があったのに、決して選ぼうとはしない。しかも、それが最善の選択だと、自覚しているにも関らず、だ。
 放っておけないのは、そういう性格だというだけでなく、それだけ隼人の存在が城野の中で大きいからだ。どうにかしてやりたいと、願うからだ。
 そういう感情は、ある意味美しくすらある。

 くつりくつり、笑いを沈静させる為の沈黙だった筈が、逆に作用してしまったようだ。莉茉の口から笑いが漏れる。
「駒川は、こんなこと望んでいないのでは?」
 本当に望むことの為なら、きっと自ら動くだろう。そうしないのなら、その程度の願いだったというだけ。
「そうだろうね」
 苦笑と共に城野は答える。まるで、想定されていた問いに答えるように、あっさりと肯定する。だから益々、莉茉の笑いを誘った。

 笑って、そして、莉茉は答える。城野の問いに。
 城野は目を見開き、沈黙した。


 いつだったか、城野を目にして思ったことを思い出す。
 好みではない、確かにそう思った。
 それは今も、大して変わっていないけれど、一つ、何より評価出来ることが今はある。だから、城野の望みに、ほんの少し、力を貸してやってもいいかな、と莉茉は思う。
 その、何より評価出来ることに敬意を表して、とは大袈裟な物言いだろうか。



 再び訪れた沈黙は、先程のより長かった。そしては、破る役目の者が中々行動に移せなかった所為だ。
「……一つ、頼まれて欲しいことがあるんだ」
 城野は軽く握った拳を口に当てたまま、そこから小さく絞り出すように言った。意を決して話し出したつもりだが、それはどこか、この期に及んでまだ躊躇っている証のように思えた。
「内容によっては」
 応じるのは、笑いを含んだ声だ。莉茉が現状どういう心境か、付き合いが然して長くなくても、察することは容易だろう。
「隼人と、会って話をして欲しい」

 博打打ちの気分だと城野は思った。
 どう行動すれば最善の結果が得られるか、それは既に示された学説を倣うのとは違い、試行錯誤が必要で、ほとんどの場合ぶつけ本番だ。今と全く同じ状況を過去経験したこともなく、また未来に経験することもないだろう。
 だから、博打。
 それでも、人は過去の経験や知識から、仮説をたて、シミュレーションし、そこから最も妥当だと思われる選択をするものだ。その選択が良いか悪いか、それはそれぞれの経験値や知識量に因るが。
 問題は、想定し辛い要素が存在することだ。つまり、日向莉茉という要素。
 例えば女子高生と、単純な要素に当て嵌めて計測し、起こった事実と比べてみれば、そこには見事な程の差異があるだろう。誰一人として同じ人間はいないという、当然の理論とは違う。誤差で片付けられない明らかな違い。

 城野の言葉に、莉茉はぱちりぱちりと大袈裟に瞬きをした。そしてこくりと、鷹揚に頷いてみせる。

「君に時間をあげよう」
 莉茉は壁に掛けられた時計を見上げた。示す時刻は4時15分。
「そうだな、30分ってとこか」
「30分?」
 反射的に言葉尻を返す城野に莉茉は頷く。
「30分待とう」
「それって……」
「30分以内に、君は駒川をここに連れてくればいい」
 簡単だろうと、莉茉は笑う。
 確かに、簡単なことだけれど、現状の城野には難しいことでもある。城野と隼人は激情を含む感情を一方通行で通わせた状態、端的に言えば隼人が城野を殴ってから一度も顔を合せていない。
 つまり、今城野が電話なりメールなり、直接なり、生徒会室に来いと言ったところで、果たして隼人は応じるだろうか。

「わかった」
 言うなり城野は席を立ち、莉茉に背を向けた。しかし生徒会室から出て行こうとはせず、そこまま留まっている。

 おやと、莉茉は眉を上げる。状況は城野もわかっている筈だろう。こんなにあっさり了承するとは、何か策でもあるのだろうか。
 そんなことを考えている内に、城野は再び莉茉の向かいに座った。その際に携帯をポケットに仕舞う。メールを送ったのだろうと莉茉は当たりをつけた。

「じゃあ待っている間、話でもしようか」
「もういいの?」
 メールだけ、それもあの短期間だ、そう長文でもないだろうし、何通も送ったということもないだろう。逆に受け取っていた様子もない。それだけで隼人を呼び出せるのか。
 莉茉の含んだ疑問に城野は笑顔で答える。
「饅頭もう一つあるんだ。食べる?」
 当然、頷いた。

 城野の妙な自信は気になるところだが、いつだって優先順位というものがあって、同時進行が不可能なら何かを後回しにするか、いっその事切り捨てるしかない。
 ともかく、今は何より、新しいお茶が必要だ。



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