理由2 5

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「いい加減にしろよ! 何で直ぐそうやって別れようとするんだ」

 莉茉が何か言うよりも早く、城野が応えていた。これまで、隼人との口論の間、喚く隼人に対して、言い聞かせるように冷静な物言いで接していた城野が、ここへきてやっと感情を見せたように、語気が荒い。

「聡司には関係ないだろ」
「確かに関係ない。けどな、お前の幼馴染として忠告してやってるんだ」
「忠告?」
「いい加減こんなことやめろよ」
「……こんなことってなんだよ」
「告白されれば誰とでも付き合って、ちょっと気に入らなかったら直ぐ別れての繰り返し。こんなことしたって……」

 不意に、城野は口を噤んだ。それを隼人は不機嫌な表情のまま、訝しげに見遣る。

「とにかく、俺は、お前の為を思って」
「何それ。俺の為? 本気で言ってんの?」
「当たり前だろう!」
「迷惑」

 唯一言、隼人の言葉に城野は黙らされた。


「まあ、確かに、迷惑以外の何物でもないな」

 沈黙が支配する中、ぼそりと割って入った声に、隼人と城野は振り向いた。その先には、先程まで多少なりと動揺していた筈の莉茉がいる。
 今この部屋には、三人の人間しかいない。隼人も城野も、お互いが黙していたのを知っている。だから、今の声は莉茉でしかありえない。そんな風に、消去法で考えるまでもなく、聞こえてきたのは女の声で、ここには女は莉茉しかいない。どう考えても、今の台詞は莉茉が発したものなのだ。
 ただ、知っているものと、あまりにも口調が違う。

 莉茉は湯飲みを傾けて残りのお茶を啜った。濃い部分が下に溜まり、最後の一口は酷く苦い。
 お茶を飲んでまったりした身体に、気付け薬のにくい演出。紅茶や中国茶にはない気遣い。
 そう考えると苦さも悪くないものかもしれない。そう莉茉は考えてみるが、甘いものがあれば、そんなことどうでもいいと思えたのだろう。やっぱり欲しかったと、未練が残る。
 用の済んだ湯飲みをテーブルに置き、この部屋での用を済ませる為に、こちらを呆然と見ている二人に視線を向けた。


「お前の為、じゃあないだろう?」
「君……何言って」

 隼人の為に、例え本人から関係ないと断じられても、こうして城野はここにいる。隼人にとっては余計なことだと、頭のどこかではわかっていた。隼人が嫌がるだろうということは容易に想像できたことだ。伊達に幼少の頃から共に育ってきたわけではない。でも、何か、幼馴染の義務として、不誠実な付き合いを繰り返している隼人を、どうにかしたいと思った。
 それは、事実だ。その筈だ。

 それなのに、莉茉はそれを否定する。

「彼の為なんかじゃない、勿論他の誰でもない」

 じゃあ誰のためだ。そう聞きたい城野の表情を正確に読み取って、莉茉は視線を城野一人に合わせる。

「君の為、自分の為」
「何で、」
「理由は、罪悪感、同情、哀れみ、そんなところか」
「っ! 違う! そんなんじゃ」

 城野の顔が歪む。面白いくらい急速に。
 そんな風に急いで否定することは、肯定していることと同義だ。少なくとも、今この現状で、莉茉にはそう見える。

「違う? 本当に? 知っていること、知っていて黙っていることへの罪悪感ではないと? 自分だけが幸せだと、優位に立っているからこその同情ではないと? 駒川の行動理由を理解出来てしまうからこその哀れみではないと? そう言うのかい、君は」

 莉茉の言葉は容赦がない。違うと、否定する言葉を城野から奪う。
 しかし、莉茉の声に感情はない。あくまで淡々と、ただ事実として述べる。例えるならそう、化学の授業で、実験結果の考察を述べているようなもの、とでも言おうか。莉茉にとって、この状況は、化学の実験と大差ない。客観的に見て得た情報から、導き出された答えを述べているだけ。
 だから、莉茉は声に感情を込めない。それは、薄情だとさえ思えるかもしれないが、これは莉茉なりの誠意なのだ。
 城野を糾弾しようなどと、莉茉は露ほども思っていない。城野を悪いとも思わない。少し、哀れだと思うだけだ。

 そう、哀れに思うから、あえて莉茉はこうして言葉にする。


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