理由2 4

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「何なんだよ。一体」

 隼人の不機嫌そうな一言から、二人の口論は始まった。



 ずずっと、音を立ててお茶を啜っても、注目が向けられることもない程には騒がしい。それを狙っていたわけでもなく、すっかり冷めてしまったお茶を手に、莉茉はただぼんやりとそう考えた。
 湯飲みは手の平に熱を伝えない。緑茶は熱いのに限る、というのが莉茉の信条だ。
 勝手に淹れ直してもいいだろうか。電気ポットに目を向けると、湯の残量の目盛は、半分はありそうだ。問題があるとすれば、部屋の主に許可も得ずに実行に移すことに多少の抵抗を感じることと、どうせなら茶葉を入れ替えたいが、使用済みの茶葉をどこに捨てるべきかわからないことだ。二番茶は口当たりがまったりとして、それはそれで美味しいが、個人的には一番茶の口当たりの方が好みだ。
 数秒考えた末、そのまま急須にお湯を注いだ。それを湯飲みに注ぎ、口に含めば、予想通りまったりと絡みつくような口当たりがした。
 大福が食べたい。無意識にお茶請けになるような物が隠されていないか視線を巡らせるが、期待した物は見つからなかった。


「高科だよ。知ってるだろ」
「は? 誰それ?」


 莉茉のいる生徒会室には、現在三人の人間が居るが、意識的な空間として区切ってみれば、二人と一人の空間に分けられるかもしれない。つまり、莉茉は当事者でありながら蚊帳の外にいた。八割は自らこの状態を作り出したとも言えるが、城野と隼人が口論をしている現状に、進んで入っていきたいとは到底思えない。至極全うな思考だと、莉茉は思う。

 新しい温かいお茶を啜りながら、莉茉は観客気分で二人を見つめた。
 普段から、莉茉は声を荒げるということはない。そういう機会が訪れないからだろうとは思っているが、結菜に言わせると沸点が高いらしい。もしくは人と感覚がずれている。
 莉茉としては、沸点が高いとも、ずれているとも思わない。怒りの感情よりも、そうなったことの不思議を考える方が莉茉の中での優先順位が高いだけだ。だから、こんなふうに、高ぶった感情のままに言動を発しているのを少し羨ましく思う。

 お茶を啜りながら聞いた情報によると、先程の女子の集団の中に以前隼人と付き合っていた者がいたらしい。恐らくは率先して行動を起こしていた、あの疑惑Dカップの上級生ではないかと予想する。
 隼人はその事実を覚えていなかったらしく、城野に名前を言われても反応がなかった。時期と期間を言われてようやくおぼろげな記憶を呼び覚ましたようだ。三日とはまた短い。
 いちいち名前を覚えてなんていない、というのが隼人の言で、それはそうだろうと莉茉は心の中で納得する。流れるような付き合いをしているのなら、相手の名前を覚えようという意思がなければ、人の名前なんて記憶の中に留まらないだろう。脳の記憶は消えないというが、忘れる、というのは立派な機能の一つだ。もっと重要な情報を直ぐに引き出せるようにするために、不必要な情報は奥の方に仕舞われる。
 不必要と判断された情報の中に、自分の名前が入っていたと知れば、あの女生徒はどれだけ傷つくだろう。だから、知らずに済んだことは、彼女にとっては良かったのだ。それでも、事実は事実として存在する。
 こういうのを何と表現すればいいだろう。幸福と不幸が同居しているような、矛盾した状態、とでも言おうか。
 初夏だというのに、熱いお茶を飲んでいる自分も、矛盾した存在と言えるかもしれない。そんなことを連想して、湯飲みで口元を隠しながら笑う。




「お前がちゃんとしてないから」
「あー、もー、わかったよ。じゃあ別れる。そしたら面倒事もないだろ」

 いい加減に口を挟むべきだろうか。やっと莉茉がそう考え始めたとき、言い争いに一つの決着がついたらしい。
 実にあっさりと別れを言う。でも言う相手が違うだろうと思うが、この状態で莉茉が聞いていないとは誰も思わないし、事実こうしてしっかり聞いているのだから、特に問題は無いのかもしれない。
 なるほど、こうやって最短記録が塗り替えられてきたわけか。別れを切り出された当事者であるにも拘らず、莉茉は冷静にそう分析した。


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