友人 3

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「あの、話って……」
 
 話があるというのなら、そっちから切り出すのが礼儀だと思うが、妙な意地を張って待ってみても、帰宅時間が遅くなるだけだ。結果、損をするのは莉茉だ。こうして、向かい合ってお茶を啜り合っているのも悪くはないが、和やか過ぎる雰囲気は、ともすればこれが永遠に続くような錯覚を覚える。
 
 城野は言われて気付いたとでもいうように、ああ、とわざとらしく相槌を打って湯飲みをテーブルに置いた。そして、膝の上で手を軽く握り、しばし逡巡する。どう切り出そうかと考えているのだろう。
 莉茉はそれを、のんびりとお茶を啜りながら待った。
 
「隼人のことなんだけど」

 予想通りだ。そもそもそれ以外に莉茉と城野に接点はない。
 一応生徒会長と、文化祭実行委員という繋がりがないわけではないが、話し合いはまだ行われていない。実行委員長というわけでもない莉茉に、先立って話しておく内容など、当然ない。
 
「俺、あいつと幼馴染なんだ」
「はい、知ってます」

 莉茉が知っていることに城野は驚いたようだった。そして、その事実が嬉しいようでもある。
 恐らく、隼人は話したんだろうと思ったに違いないが、実際は結菜からもたらされた情報である。莉茉は城野が勘違いしていることに気付いていたが、敢えて訂正したりはしなかった。
 仮に訂正したとすれば、城野が多少気を落とすという効果が得られるくらいだろう。
 人ががっかりする様を見て、小さな幸せを見出すような性質は、莉茉にはない。
 
「あいつ、色々噂はあるけど、基本的にはいい奴なんだ」

 いい奴だと言われて、どう反応すべきか悩む。友人自慢でもしたいというのだろうか。しかし、それにしては表情は明るいとは言えない。
 
「付き合いが長続きしないっていうのは本当だけど、それは多分、本気になれなかったってだけで……でも今回は違うと思うんだ」
「……どうして、そう思うんですか?」

 今回、つまり莉茉は今までの彼女と違うと言いたいらしいが、そんなもの、根拠のない憶測に過ぎない。だが、違うという点だけで考えればそれはその通りだ。
 
「何か、楽しそうだったんだよ、あいつ。……あんな顔、久しぶりに見た」

 そう言った城野の顔は、嬉しそうでいて、でもどこか寂しそうだった。その奥に秘めている感情はなんだろう。
 
 恐らくは、莉茉が考えている通りだ。
 
 
「あいつのこと、よろしくね」





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 珍しく帰宅が遅くなってしまったと思いながら、莉茉は廊下を歩いていた。この時間なら、部活終わりの結菜と一緒に帰るのもいいかもしれない。
 
「よろしくね……か」

 呟いた言葉は、先程城野に言われた言葉。
 それは、隼人のためを思っての言葉か、それとも、自分のための言葉だったのか。
 
 恐らく、城野は知っている。隼人が誰を好きなのか。
 隼人が自分の彼女が好きなのだという事実を、城野は知っているのだ。知っていて、黙っている。
 
 隼人が城野が知っているという事実を知れば、いい気分はしないだろう。だから、隼人のためを思って黙っている。そう考えることもできる。
 しかし、ばれてしまったと分かれば、隼人はもう遠慮する必要はない。ひょっとしたら、城野はそれを恐れているのかもしれない。
 
 彼らは幼馴染だ。莉茉にも結菜という幼馴染がいるから分かるが、幼い頃は行動範囲が狭い。それ故に世界が狭い。人間関係も同じことだ。ある種隔絶した関係の中で、その中に異性がいれば、意識するのは当然の成り行きだろう。それが、恋愛感情に発展するかどうかは別だろうが、隼人と城野は紗耶を好きになった。そして紗耶は城野を好きになった。結果、城野と紗耶が付き合いだした。
 それが全てだ。紗耶が隼人より城野を好きになったから、今がある。
 しかし、それが事実だと知っているのは紗耶一人なのだ。城野は憶測することしかできない。同様に、もしかしたら、紗耶の中で隼人と城野は同等だったのではないかと、邪推することができるのも、城野だけだ。
 先に好意を示した城野を、紗耶は否応なく意識せざるを得なかったのではないか。城野がそう考えれば、隼人の気持ちは脅威でしかないだろう。
 

「穿ち過ぎか?」

 莉茉は、くっと自嘲めいた笑みを浮かべた。邪推しているのは誰でもない、自分だ。
 
 とりあえず、莉茉は明日の弁当を奮発しようと決めた。



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