友人 2

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 放課後、莉茉はある場所へ向かっていた。ある場所とは技術棟二階の家庭科室前の廊下だ。家庭科の授業の居残りのためではなく、廊下の窓から見える景色のためだ。そこは弓道場の様子がよく見える、莉茉にとっての穴場だった。
 
 隼人と帰宅することを断ってまで、無性に弓道部の練習が見たくなったわけではないが、ここのところ、心の隅に原因不明のもやもやとした澱のようなものが居座っている。それをどうにかしたくて、弓道の静謐な空気を擬似的に吸い込みたくなったのだ。そうすれば、澱が晴れるかもしれないと期待して。
 
 
 白い上着に黒い袴を身に纏った生徒が弓を構えて矢を射る様子をじっと見詰めた。弓を引き、矢を放つまでの一瞬のような永遠のような時間が好きだ。自分がやっているわけではないのに、自然と矢に意識が集中し、余計な感情が一掃されていくような感覚がする。空を切る僅かな音に、的に刺さる音が身体に響く。
 
 矢を放つと、高い位置で結われた長い髪が揺れた。恐らくは上級生の女子生徒。立ち姿がとても綺麗で、気に入っている。一時期矢を射る一連の所作が乱れた時期があったが、すっかり元に戻ったようだ。
 
 
 30分程見た後、そろそろ帰ろうと荷物を取りに教室へ戻る。季節はもう夏だ。夏服への移行期間である今は、ちらほらと夏服の生徒を見かける。7月に入れば完全に皆夏服になる。
 莉茉はまだ冬服を着ている。特に冬服に拘りがあるというわけではなく、単に母親がクリーニングに出したまま取りに行っていないので、着ることができないのだ。いい加減にそろそろ取りに行って貰わなければ、全校生徒が夏服を着ている中、ただ一人冬服を貫くことになってしまう。自身が浮いてしまうことには問題はないが、やはり暑いし、教師に対する言い訳を考えるのが面倒である。正直に言ったところで解決するわけもなく、虐められて夏服を駄目にしてしまったとでも言おうかと考えるが、一年の莉茉は当然まだ夏服に腕を通していない。駄目にするチャンスはない。大体、一度も着ていないのにどうしてクリーニングに出す必要があったのだろう。大方母のことだから間違って出してしまったのだとは思うが、汚れていないのだから金の無駄である。
 
 
「ちょっと、君」
 
 一階の廊下を歩いているところを呼び止められた。君では誰を呼んでいるのかはっきりしないが、残念なことに莉茉以外は誰もいない。莉茉は仕方無しに立ち止まった。
 
「日向さん、だよね?」

 違いますと答えれば解放されるだろうか。しかし、名指ししている以上、日向という名の女生徒が見つかるまで探しそうだ。そうなったら二度目に会った時に気まずい。
 それよりも何故名前を知っているのかということが気になった。相手は校内で一番と言っていいくらい有名だが、莉茉は一生徒に過ぎない。考えられるのは隼人関係だけだ。
 そういえば、幼馴染と言っていた。
 
「そうですけど」
「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「……はい」

 いいかなと、聞いておきながら、断ることを許さない雰囲気がある。だったら初めから尋ねたりしなければいいと、莉茉は思う。だが、ここで命令されれば、間違いなく不愉快に思う筈で、初対面の人間に命令をするような人間に、素直に付き従おうという気にはなれない。結局、人間関係を円滑に進めるには、莉茉よりも城野の行動の方が正しいと言える。
 
「ここで話すのもあれだし。今、生徒会室誰もいないから」

 どうせ誰もいないのだから、このまま廊下で立ち話でも構わないだろう。けれど、言うだけ言って、生徒会室へ向かって歩き出してしまったので、莉茉は仕方なく付いていく。
 
 来客用の玄関を通り過ぎ、印刷室、その隣に生徒会室がある。
 中に入ると、城野が言ったとおりに、誰もいなかった。中央に机が固めて何個か並べてあり、窓際に二つ並んだ机がある。そこにパソコンが3台置いてあった。生徒会というのは結構金があるらしい。壁際にはファイルが納められた棚が並ぶ。
 
 城野は莉茉を奥へ導いた。入口付近からは見えなかったが、奥には応接セットのような、向かい合わせのソファが二脚あり、電気ポットに小さな冷蔵庫までが備えてあった。
 
「座って、お茶でも煎れるから」

 ここは本当に学校だったかと、首を傾げてしまう。城野は極自然に、急須に茶葉を入れ、ポットからお湯を注いだ。湯飲みに薄緑の液体が注がれる。ちゃんと三度に分けて注ぐのを、莉茉は感心して見ていた。
 
「どうぞ」

 出されたお茶は、流石に高級茶葉というわけにはいかなかったが、中々に美味しい。実際に高級茶葉のお茶を飲んだことがあるわけではないが。
 
 お茶を啜っていると妙に気分が和んでしまう。半分ほど飲み干したところで莉茉はここへ来た目的を思い出した。



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