友人 4

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 鳥の唐揚げにエビフライ、この二つが入っていれば弁当としての価値はかなり高い。唐揚げは一口サイズの小さめのものが莉茉の好みで、母はその通りの物を作ってくれる。
 
 日向家の料理は莉茉の好みが基準になっている。
 お父さん、お母さんという家族間の呼称が、最年少の人間に合わせて決められるように、日向家最年少の莉茉が好む味付けがされているのだ。
 理由は恐らく二つある。
 一つは、かつて莉茉が離乳食から普通の食事に移行する段階において、父や兄よりも、莉茉が食べる物が優先されたことがあった。これは子供の養育に関して必要なことであったから、別段誰が文句を言うわけでもなく、そして、その味に皆が慣れ、そのまま延長された結果、こうなった。
 もう一つはとても単純なことで、料理を作るのは当然母だ。そして、母は莉茉に甘いという性質がある。莉茉が食べたいと言えば母は断ることはないのだ。父や兄が言っても聞き入れられるのだが、優先されるのは莉茉の意見である。
 

 眠い目を擦って起きてくると、キッチンでは既に弁当が粗方作られていた。
 時間は莉茉が通常起きていた時間より30分早い程度で、つまり徐々に早くに起きられなくなっているのである。それでも多少は手伝わなければという意思を見せて、こうしてここにいるのだ。莉茉にとっては涙ぐましい努力だが、兄の櫂利にしてみれば早過ぎる堕落である。
 一応、妥協だ、と主張したい。
 
「おはよう莉茉ちゃん。奮発してって言うから唐揚げにエビフライも付けちゃった」
 
 寝起きの胃に水を流し込んでから、莉茉は母に挨拶を返す。揚げ物の匂いが漂い、それだけで腹が満たされるような錯覚を覚えた。
 
「ひじきの煮物は?」
「あるわよ。これも入れる?」

 基本的に莉茉は洋食よりも和食が好きだ。もっと言うなら、小鉢に入っているような煮物が好きだ。ひじきの煮物とか切干大根とか筑前煮とか、おばあちゃんが作りそうなものを好んで食べる。その為、弁当には必ず一品。そういった物が入っている。
 
 まだはっきりとしない意識のままで、冷蔵庫からヨーグルトを取り出す。兄の買ってきたアロエヨーグルト。食べてしまえばきっと怒るだろう。でも食べる。敢えて食べていると言ってもいい。こうやって、少しずつ、莉茉は兄に対して我侭を働く。どこまでを許して、どこまでを許さないのか、その微妙な境界線を見極めることが莉茉の日常だ。
 そうして培われた莉茉の兄は、大抵の妹の所業を許容するようになった。そうせざるを得なかった、とも言える。
 それは一見不幸かもしれないが、違う見方をすればとても幸せだ。つまり、とても仲のいい兄妹ということに落ち着く。
 
 ヨーグルトを食べてから弁当作りを手伝うことにする。手伝うのは母の筈だったが、そこはもう、目を瞑ろう。全てが完璧な人間などいないのだ。
 ただの言い訳だ、と言われれば、受け入れよう。その通りだと。




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 ひじきの煮物の中の大豆を箸で摘み、しばしそれを見詰める。小さい豆を摘むと観察したくなる、というおかしな性質が莉茉に具わっているというだけで、特に意味のある行動ではない。
 一度なら誰も気に留めないだろうが、頻度が上がれば、何かあるのかと思うだろう。莉茉は大豆が好きなので、自然と回数が増えているのだ。
 大抵の人間がこの行動から導き出すのは、大豆が弱っているかもしれない、かつては強かった、という意味では勿論なく、腐っているかもしれない、という可能性だ。
 
「何かあんの?」

 とうとう我慢しきれなくなって、隼人は莉茉に問い掛けた。流石に腐っているかもしれない物を口にするのは憚られる。
 
「何が?」
「いや、何か見てるから」

 癖、というものは本人の自覚無しに行っているものが間々ある。この場合はそれに当て嵌まる。
 
「何でだろう。何か、見ちゃうんだよね」
「はあ?」
「細い箸に挟まった、この丸さが、見ていたい気分にさせるっていうのかな」

 未だに箸に挟んだままの大豆を隼人に見せる。
 大豆を見せられて一体どうすればいいのだ、と思った隼人は、莉茉に困惑の顔を向ける。冗談のようなことを言った割りに、莉茉の顔は酷く真剣だった。しげしげと眺めた後、パクリと口に入れる。

 丸いものは莉茉の観察欲を刺激するのだ。どうしてかと問われれば、どうしてか、としか答えられない。
 
 
 その様に、隼人は思わず噴き出した。
 
「何だよそれ、意味わかんねぇ」

 隼人はとても楽しそうに笑う。

「やっぱり、変な奴だな」

 仕舞いには目に涙まで溜めていた。

 最近、隼人はよく笑うようになった。その笑いの大半が、莉茉によって引き出されているということが理解出来ないが、不思議と不愉快には思わなかった。
 楽しそうな隼人を見ると、莉茉も楽しい気分になった。



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