妹と兄のハロウィン 2

HOME INDEX   BACK NEXT



「これは?」
「夢の国のチケット」
「ふうん」

 夢の国、とは文字通りの意味ではなく、開園以来好調な黒字経営を続けている脅威の遊園地のことである。時が経つと共にアトラクションの数が増え、そして値上りした結果、当然の如く今が一番高い。大学生の櫂利にとって、それなりに痛い出費といえる。
 人気のアトラクションには長蛇の列ができ、1時間2時間待ちは当たり前。休日は特に人が溢れかえり、家族連れからカップルまで楽しめる。
 まず間違いなく、中学生の女の子ならば喜ぶ筈なのだ。
 そう、普通の女子中学生ならば。

 ふうん、以外にこれといったリアクションもなく、莉茉は櫂利を見つめた。これで終わりか、とでも言うように。

「何故4枚?」

 莉茉が聞くようにチケットは4枚あった。
 兄妹水入らずで行くのならば2枚で足りる。現実として兄妹で遊園地に赴こうという意思があるかは別として。
 家族四人で行くというのなら、丁度良い枚数だ。これまた大学生にもなって、家族で遊園地に出掛けようと考えているかどうかは別として。
 また、莉茉に友達と遊びに行ったら、という太っ腹な意味で全てを譲渡しようと考えている、とは到底思えない。このチケットが高額なものであることは莉茉でもわかっている。そういう意図ならば2枚でもいい筈だ。

「まあ、俺と莉茉と」
「と?」
「結菜ちゃんと玲奈ちゃん」
「……ふうん」

 結菜は莉茉と同級生の幼馴染、玲奈はその妹だ。櫂利はつまり、幼馴染4人で遊びに行こうと言っているのだ。

 しかし、莉茉はその提案に手放しで喜ぶことはしない。

「ほら、今ならハロウィンのイベントやってるし」
「それは今日で終わり」
「あー、そしたら、もう少ししたらクリスマスのイベントでも始まるんじゃないか?」
「その時期は流石に受験勉強に励むべきだと思う」

 妙に最もな意見だ。つまり、受験生に不謹慎なものだから納得していないのだろうか。

「まあ、でも、たまには息抜きも必要だろう?」
「それは否定しないけど、兄は悪戯決定」
「どうしてだよ! 高かったんだぞ」
「金銭的価値と精神的価値は必ずしも同等ではない」
「遊園地嫌いだったか?」
「嫌いじゃない、けど、兄が一緒に行く必要はないと思う」
「酷い奴だな。スポンサーを置いてくのか?」
「下心が見え見え」
「……それくらいいいだろう?」

 櫂利のささやかな企みなど、莉茉にはお見通しだったようだ。企み、と言っても、大したものではなく、皆でという大義名分で、結菜と共にいる時間を味わいたいというささやかな望みだ。

「まあね、でも、それじゃあ私に対するもてなしとは違うだろう? 目的が替わってる」
「そう言えなくも、ない」
「それでは後日、お楽しみに」
「……」

 怖い。しばらく櫂利はそれしか考えられなかった。後日、というところがそれを増長させているようにも思う。時間を掛けるということは、それだけ大掛かりという可能性が考えられるわけだ。

「じゃあ、私からはこれ」
「ああ、ありがとう」

 味気なさ過ぎる茶色い紙袋を渡され、中を覗き込んだ櫂利は動きを止めた。
 中に入っていたのは、女性用の胸部を覆う下着、ブラジャーだった。

「それ、結菜の」
「はあ!?」

 とりあえずと、中身を摘み出した櫂利に、莉茉はタイミング良く情報を伝える。
 思わず、まじまじと観察し、Cカップか、と思ったところで我に返る。

「何でここにあるんだよ!」
「サイズが合わなくなったからって捨てるところを貰ってきた」

 サイズが合わなくなったということは、中学三年生にしてDカップということか。と、そんなことを瞬時に考えてしまう自分に自己嫌悪する。

「目標にするって言っておばさんに貰ってきた」
「自虐的な理由だな」
「感謝して欲しいね」
「感謝って、お前な」
「嬉しくない?」
「それを言うのは俺の沽券に係わる」

 女の下着を集めて眺めるような変態ではない。下着そのものを見ていたって意味はない。重要なのは中身だ。そんなこと、今口に出して言ったりしないが。

「じゃあいらないのか」

 呟く莉茉の顔を見て、櫂利は不安に駆られた。
 これを櫂利が受け取らなかったら、莉茉は一体どうするのだろう。きっと、良からぬことにしか使わないということは目に見えている。
 だったら、自分がこれを管理していた方が結菜の為かもしれない。もう使わないとはいえ、自分の下着が変なことに利用されていたら不快だろう。女の子なのだから尚更だ。
 
 櫂利の手からブラジャーを奪おうとする莉茉の顔が、一瞬怪しく光った、ような気がした。
 とっさにその手から遠ざけると、莉茉はにやと、今度ははっきり笑った。


 怪しく光ったと思ったのは櫂利の被害妄想だ。莉茉も一応女の子なので、友達の下着を高額で引き取ってくれそうな人間に売り払おうなんて考えてはいない。
 そんな失礼な想像を兄がしてることを莉茉はわかっている。わざとそう考えるように仕向けたのだ。この状況では、兄は受け取らざるを得ないだろう。


 櫂利の部屋を出た莉茉は、くつくつと込み上げてくる笑いを止めることが出来なかった。



HOME INDEX   BACK NEXT

Copyright © 2007- Mikaduki. All Rights Reserved.
inserted by FC2 system