妹と兄のハロウィン 3
後日、櫂利の恐れた莉茉の悪戯が発動する。
「櫂君!」
部屋に乗り込んで来た結菜に、喜びたいところだが明らかに怒っている様子に困惑せざるを得ない。
「ど、どうしたの?」
恐る恐る声を掛けると、結菜は顔を真っ赤にさせて口を噤んだ。可愛いな、なんて惚けて見ていると、意を決したように結菜が口を開く。
「私の、ブ……ブラジャー、持ってるって、本当?」
櫂利は凍りつき、やられた、と思った。始めから、莉茉はこのつもりだったのだ。
これが莉茉の悪戯、ということなんだろう。そして、その仕掛けがもてなしだった。
「いや、それは、莉茉がね、えっと」
残念ながら櫂利にはこの状況を回避する方法が思いつかない。常時だったならもう少し頭が回転する筈なのだが、今は常時ではない。
「だから、私があげたと言っただろう」
これは天の助けか、それとも更に地へ突き落とす悪魔の声か。
ドアから顔を覗かせた莉茉は、事も無げに結菜に告げて、勝手に櫂利のクローゼットを漁り、奥に仕舞ってあったブラジャーを取り出した。
それを結菜が引ったくるように取り戻すと、声にならない怒りを莉茉にぶつける。
「これ、皆で行こうって、兄が」
怒りで震える結菜に、櫂利がハロウィンにあげた遊園地のチケットを見せた。
「え? 本当?」
チケットを見つめて嬉しそうに笑う結菜に、これが正しい反応かと櫂利は思う。そしていつもの如く、怒りの矛先を交わすのに長けている妹には恐れ入る。
とりあえず、櫂利は結菜に怒られることはないらしい。ただ気懸かりなのは、変な誤解をされていないかということだけだ。
「ありがとう。櫂君」
笑顔でお礼を言う結菜を前にしては、気懸かりなど些末なことになってしまう。可愛くて思わず頭を撫でて、結菜もそれを嬉しそうに受け入れる。
結果的に、莉茉は結菜からの怒りだけでなく、櫂利からの怒りも受けることなく流してしまった。
それに気づいているのは、莉茉だけである。
結菜が帰ってしまった後、莉茉は再び櫂利の部屋を訪れた。そして滔々とハロウィンについての説明を始める。
「トリックオアトリートのトリートは、トリートという言葉があって、そこに菓子の意味を含めたのではなく、菓子という前提があった上で、そこにトリートという言葉を当て嵌めた。この習慣の元になったと言われる風習ではケーキだったから、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、というので正しい意味ということになる」
「それ知ってて何であんなこと……」
「面白そうだったから」
相手を脱力させる言葉をあっさり吐いて、莉茉は笑顔を浮かべた。さっきの結菜の笑顔とは違うけど、可愛いと、櫂利は思ってしまう。頭を撫でようとすると、するりと避けられた。
「兄の考えてた悪戯は?」
「ああ。車の助手席に乗せようかと」
夏休み中に教習所に通ってつい最近免許を取ったばかりの運転は、誰にとっても遠慮したいものだ。教習も試験も一発で受かり、教官にも上手いと言われた櫂利としては、誰を助手席に乗せても問題ないとは思っているが、乗せられる側にしてみれば、そんなことは関係がない。
「そんなのでいいの?」
初心者の運転に、莉茉は恐怖を抱いていないらしい。最も、それはまだ運転したことがないからだろう。教習に通い始めてから、ペーパードライバーの母の運転が急に恐ろしくなったのも、その辺りが影響している。
「じゃあドライブにでも行くか?」
「行く」
櫂利の運転が上手いかどうかを免許を持っていない莉茉が判断することは難しかったが、少なくとも隣に乗っていて不快な思いをすることはなかった。車にはカーナビも付いているし、遊園地には車で行くのもいいかもしれない。莉茉は勝手にそんな計画を立てていた。
結局、悪戯を受けたのは櫂利というよりは結菜だったと言った方が正しいかもしれない。
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