二幕 憑き物筋 8

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 朝食の席で、月彦達は一ノ木家の家族に紹介された。
 旅館のように、一人一人お膳が運ばれてきたらどうしようと、仮にそうだったとしても別にどうということもないことを考えてしまって、充貴は自分が緊張しているのを自覚した。少なくとも、悠には厄介者だと認識されているのだ。他の家族もそうでないとは言いきれない。寧ろ、悠に近い感情を持っていると思っていた方が、後々の予防線になるかもしれない。
 広い居間は、大人数の来客に対応できるように、襖を取り外して二間分を一続きに使えるようになっていた。香澄と娘の茅乃だけならば、或いは必要のなかった措置は、月彦達三人の余計な同行者によって総勢五人の来客を迎えることになったが為だろうか。加えて、いつも使っているだろう縦長の食卓の他に、もう一つ、来客者五人の為のものが用意されていた。その一方の短辺、床の間を背に、当然のように上座に座る老齢の男性は、まず間違いなく香澄が家長だと言っていた伯父だろう。既にその髪からは黒が抜け落ち、しかし毛の量は健在で、見事なまでの白髪を蓄えている。縦に二本、眉間にある消えない皺は、彼の性質をそのまま表しているように深く刻まれている。
 一応客である月彦達を優先するらしい。香澄が簡単に家族の紹介をした。予想した通り、上座に鎮座するのが香澄の伯父、一ノ木久蔵。その両脇に三人ずつ座り、久蔵の左側には、順に香澄の母であり久蔵の義妹に当たる美枝、その息子の悠、次女の朱実が座る。右側には久蔵の長女で香澄にとっては従姉に当たる房子、次女の登世子、登世子の夫の静男が座る。
 香澄が紹介をする間、月彦は皆の様子を観察した。久蔵の表情は硬く、それが常なのだと言われれば納得するが、それでも歓迎はしていないだろうと思えた。そして他の家族は、そんな久蔵に倣うように、堅く口を閉ざしている。どうやら、この家は久蔵を君主とした独裁国家が成り立っているらしい。こういった場合、久蔵という絶対者がいる限り、皆はその意思通りに口を閉ざすだろう。しかし、一方的な抑圧は不満を生む。彼の目の届かぬところでは、口は容易に開かれる可能性が高い。それでも、君主に絶対の信望を置いている者は例外だ。考えられるのは娘二人。婿である静男は、観察する限り力は妻の登世子の方が勝っているようで、久蔵に対しても窺うような態度を見せている。恐らくは信望どころか邪魔な存在だと思っているだろう。義理の妹に当たる美枝、義兄妹という二人の関係はどうだろうか。唯の第一印象だけでは判断がつかない。ただ、彼女は香澄の母親だ。いざとなれば、香澄の言葉を聞くのではないか。兄の悠は、微妙なところだ。朝、充貴に聞いた話では、夜に言い合っていたという。彼は香澄の兄だが、それよりも一ノ木家を優先するような考えを持っているのかもしれない。最後に朱実だが、唯一こちらに目を向けて、月彦に笑いかけてきて、幾らか友好的なようだ。外見で判断する限り充貴と同じくらいで、歳が近いということもあって気安くしたのかもしれない。
 次いで、月彦達が紹介された。充貴の与り知らぬところで、既に決められていたらしく、事実と虚実を織り交ぜて香澄は話す。曰く、香澄と嘉月は友人で、嘉月は大学で民俗学の研究をしている准教授の知り合いがいて、香澄の話をしたら是非とも調査させて欲しいということになった。しかし、本人は大学の講義もあり、来られない。そこで、日頃から手伝いをしている嘉月と教え子の学生である充貴が代わりにやって来ることになった。人手が少ないので、嘉月の甥の月彦も一緒に。
 香澄と嘉月が友人であるかどうかは、充貴は知らないが、少なくとも、そこに純粋な友人関係というものが存在しているかどうかは妖しいところだった。しかし、そんな邪推をしたところで、今は関係がない。香澄が出した大学の名は、奇しくも充貴の通っている大学で、本当に知り合いかどうかは疑問だが、民俗学の研究をしている知り合いの准教授が実在していることを知っている。しかし、まだ二回生の充貴は、教授や准教授の元に付いて直接教えを乞う段階にはない。加えて、充貴が在籍するのは工学部で、理系の彼にとって畑違いもいいところだ。学生証を見せろと言われれば、直ぐにわかってしまうような、稚拙な嘘である。
 それでも、何の相談もされていないことが不愉快だが、最早充貴も加担しているのだ。ここまで来ておいて自分は関係ないと主張したところで何の意味もない。だから、学生証は忘れたことにしておこうと、充貴はそう決意した。

 それにしても、こんな居た堪れない緊迫感と、余所者に対する無言の圧力の中、平然と朝食を口に運び、暢気に美味しいですなどと口にする月彦と嘉月の二人を見ていると、頼もしいと安心していいのか、場の読めない二人に不安を抱いた方がいいのか、複雑な心境に充貴は陥る。その所為か、咀嚼する茄子の漬物が矢鱈と塩辛く感じられる。否、もしかしたら、早く帰れという意思表示なのではないだろうか。そんな被害妄想的な考えを抱き、慌ててお茶を飲んで流し込む。
 自分はここで、目的を果たすことができるのだろうか。ツキモノという存在を信じることが、本当に出来るのだろうか。
 結局一抹の不安を抱え、今度は胡瓜の漬物に箸を伸ばす。
 やはりこれも、塩辛かった。
 


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