終わり 3

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 午後の眠い英語の授業、チャイムがそれからの解放を告げた。後は帰宅するか、部活に出るか、これといった意味もなくそこに留まりお喋りをするか、それは人によってそれぞれだ。
 大抵、莉茉は帰宅する。偶に、好みの部活巡りをする。バスケだったり、弓道だったり。最近のお気に入りは水泳だ。何と言っても夏季限定。プールに飛び込む瞬間の、すらりと伸びた身体が宙に舞い、陽光を浴びたそのシルエットは、正に感嘆に値する。
 しかし、今日の莉茉はどちらも選ばない。選べない、と言った方が正しいか。
 莉茉にとって、今日はイレギュラーな日だ。


「第三特別教室だって」
 帰り支度をしている莉茉の前に春日がやって来てそう告げた。昼頃に伝令が回ってきたらしい。
 受けていたのが莉茉だったら、ちょっとしたお茶目な悪戯心で少しだけ間違った情報を次へ回してみようか、とか思ったかもしれない。例えば、第二特別教室、と言ったりとか。
 それならばすぐ隣の教室であるから、間違いは早々に気付くだろう。被害は少ない。そして、まさか誰もそれが意図されたことだとは気付くまい。精々誰かが言い間違えたのだと思うくらいだ。

 そういえば、幼稚園の頃伝言ゲームをしたな、と思い出す。耳打ちで囁かれる情報を次の人へ伝えていくゲーム。どれだけ正確に伝達出来るかということを競うものだったが、未だにあのゲームの面白さは理解出来ない。どうにも莉茉には退屈なものに思えて仕方がなかった。
 だから、莉茉はいつも、聞いた言葉を誇張したり脚色したり、または全く違う話にして伝えることにした。その方が、多少は面白味もあると、幼いながらに判断した結果だった。その為、莉茉が間に入るグループはいつも元の言葉とはかけ離れたものになっていたが、不思議とその方がゲームは盛り上がった。
 聞いた言葉をそっくりそのまま伝えるだけ。ただそれだけの筈なのに、人を介して婉曲してしまう。その滑稽さが、笑えると、結局はこのゲームの娯楽性はそういうことなのだろう。大きく婉曲してしまった原因を知ってしまっているが故に、莉茉には素直に面白いと感じることは出来なかったが。



 数時間前に言った通り、春日と仲良く委員会へ出向く。第三特別教室は合同授業などにも使われている為、各クラスの教室よりも広く出来ている。そこに、ざっと見て3、40人程の人間が集まっていた。
 話は生徒会を中心に行われた。進行役は副会長の谷川という女子生徒で、時折求められて会長の城野が話す、というスタイル。
 始めの集まりということで、委員長や各学年の代表を決めた。立候補を買って出ようという殊勝な人間は残念ながらおらず、公正さを主張するくじ引きが行われ、春日が一年の代表を見事に引き当てていた。がっくりと肩を落とす春日を横目に、代表はクラス単位ではなく個人の仕事であると、ともすれば諭す必要性があるかもしれないと、莉茉は思った。しかし流石に今は言わないでおこうと、それくらいの気遣いは密かに見せているのである。

「夏休みが始まる前にもう一度委員会ありますので、それまでにクラスで何をするか決めておいてください。それと、今年の文化祭のテーマを決めたいと思いますので、各クラス最低一つは考えてきて下さい」
 座った谷川の代わりに、今度は会計の細田という男子が予算についての説明を始めた。莉茉は一応の礼儀として細田に視線を向ける。
 標準よりは太っている。これがぽっちゃりというやつだろうか。いや、細田はその言葉の微妙な境界線上にいるように見える。もしかしたら、彼にとってはアイデンティティを維持出来るかどうかの瀬戸際かもしれないな、と莉茉は勝手に考えた。
 飛躍し過ぎたな、と自覚して、莉茉は細田から視線を外した。そうすると、意図せずに城野と目が合った。にこ、と笑いかけられたので、僅かに顎を引き、辛うじて会釈に見えるだろう最小限の動きでそれに応える。
 無視するよりはマシだろう。大っぴらに手を振るわけにもいかないし、同じようににっこり笑い返してやるのは、少々、というか、かなり気が進まない。


 委員会が終わり、やっとだと思った割りには、一時間も経っていなかった。とにかく帰ろうと、莉茉はバッグを持ち上げる。
「日向さん、ちょっといいかな」
 莉茉を呼び止めたのは城野だった。いつぞやと、同じ。
 しかし今度は、帰りたいという意思を莉茉は隠さなかった。それを表情から読み取った城野は苦笑し、すぐ済むからと、それでも引き下がらない。
「お茶も出すよ。あ、そうだ。今日は饅頭があるし」
「……わかった」
 たっぷり間を置いて莉茉は答えた。あくまで、仕方がない、譲歩してやる、というスタンスで、軽く息も吐いてみる。
「じゃあ生徒会室にでも行こうか」
 本当にいつぞやと同じだな、と思いながら、渋々と、莉茉は城野について行く。
 実際、莉茉の首を縦に振らせたのは饅頭の一言だったのだか、そんな本音はおくびにも出さないように、努めて気のない足取りで廊下を歩いた。



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