終わり 2

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 授業の合間の短い休憩時間、席に付いていた莉茉の目の前にクラスメイトの男子が一人立った。見上げた先の顔は、同じ教室にいる為に覚えはあった。しかし、名を挙げろと言われれば、莉茉には出来ない。
 外見から名前を推測してみようかと思い立った。
 名は体を表す、とはよく言ったもの。時に名はものの本質そのものだ。
 だが、人の名は大抵赤ん坊のときに付けられる。その際、付けられる者の持つイメージが考慮されることはない。生まれたばかりの赤子に、それを求めるのは無理な話だ。
 親は名に願いを託す。可愛さを求める。格好良さを求める。字画が占う運命に願う。
 名は一方的に与えられるものだ。選ぶことは出来ない。そして一生付きまとう。
 何度も何度も呼べれる名は、言霊の如く作用するだろう。そして人は名のイメージに近づいていく。時に意識的に、時に無意識に。
 だから、外見及び内面から感じ取れるイメージで、名を推測することは不可能ではないように思う。ただ問題は、選択肢が膨大過ぎることだ。
「日向さん文化祭実行委員だよね?」
「そうだけど」
「今日でしょ、集まんの」
 そういえば、前回の全校集会でそんなことを言われたな、とぼんやり思い出した。それが今日だったとは。
「そんでさ、俺今日部活なんだよね、だから代わりに出てくんない?」
 疑問系でありながら、そこに断定的な響きがあるのを莉茉は感じ取っていた。未だにクラス内における莉茉のイメージは大人しい女の子、だ。故に、従わせるのは容易だと、そう思われても仕方ない。
 だが、イメージ通りにことが運ばないこともある。それが、莉茉が名前を思い出せない、正確に言うと知らないクラスメイトの彼にとっては、今ということだ。
「部活があることが、君が私に委員会を押し付ける理由になるのか?」
「え?」
 こういう状態を正しくぽかんとする、というのだろう。彼にとって、莉茉は楠家結菜の腰巾着、程度の認識しかない。実際に莉茉が結菜に引っ付いていることはないのだが、莉茉が結菜以外の人間と一緒にいることが稀な為、そう思っても仕方ないだろう。加えて、性格の明暗が力関係に直接的な影響を持つということは、ままある話だ。
 莉茉は左手で頬杖を突いて、気だるげに視線を向ける。いくら考えても、この男子に相応しい名前は浮かばなかった。妥協すればいくらでもあるのだが。
「ところで君、名前は?」
「は?」
「私は君の名前を知らない」
 こうまで堂々と、クラスメイトの名前を知らないと言う莉茉は、いっそ清々しい。だが、そう好意的に思われることは稀だろう。同じ教室で学んで早三ヶ月、知らないということは、覚える意思がないということだ。
「春日、だけど」
 むっとしつつも答えた春日に、莉茉はほうと得心する。かすが、という名は思いつかなかった。聞くと、不思議とその名がぴったりだという気がしてくる。どこがどう、という説明は出来ないが、名とはそういうものだろう。たとえイメージと異なっていたとしても、変えられるものではない。本人でなくとも、その名を受け入れなければならず、次第に名の響きが持っているイメージを名を持っている本人に近付けていくのだ。それが適応能力だろうか、それとも防衛策だろうか。
「では春日、私は今日帰りに駅前のケーキ屋に寄ってプリンを買って帰らなければならない。だから委員会は君が出てくれ」
「何だよそれっ!」
「三時から数量限定販売だ。急がなければ売り切れる」
「そんなんで委員会押し付ける気かよ!」
 こくり、莉茉は頷いた。それに怒り、言葉を発する前に、まるで春日の口を封じるように、こつりと机を弾く音がする。
「さっきの君の発言に対する私の思いもそれと同じだ」
 開きかけた口を春日は閉じるしかなかった。彼はサッカー部に所属している。試合が差し迫っているわけでもなく、一年の時分でレギュラーを獲得しているわけでもない。委員会を理由に部活に遅れることは容認されているし、実際に遅れてやってくる部員もいる。一分一秒でも、部活に費やす時間を減らしたくないと、そんな考えを持っていたわけでもなく、委員会の話し合いという恐らくはつまらないものよりも、部活に出ている方が楽しい。委員はもう一人いるのだから、押し付けてしまおう。そう考えた事実は否定できない。
 そして、莉茉はわかっていて、あえて自分を怒らせるようなことを言ってわからせたのだ。
 言葉を詰まらせる春日に、莉茉は頬杖を解いて真っ直ぐ目線を合わせる。そうしてふっと笑った。
「二人で行こうじゃないか。仲良く」
「……りょーかい」
 話の解決を見たところで、丁度良くチャイムが鳴った。次の授業の担当教師が教室に入ってくる。

 春日は自分の席に戻ると、まだ用意していなかった道具を机から引っ張り出した。そうして、授業はいつもと同じように始まる。
 大人しいと思っていたクラスメイトの本性を恐らく自分だけが知ってしまったという事実に、春日は言いようのない不安を覚えた。
 いつも一緒にいる結菜は知っているのだろうか。きっと知っているだろう。たしか幼馴染らしいと聞いたことがある。それなら、そうだ、最近まで付き合っていた駒川隼人は?
 知っていて付き合っていたのだろうか。それとも、知ったから別れたのだろうか。
 ぐるぐると、春日は下世話な想像を巡らせる。その為、教師に指されたことに気付かず、怒られる羽目になった。

 それを見て、莉茉は春日の心の内を正確にトレースし、笑った。



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