終わり 1

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 帰ろうと、下駄箱から取り出した靴をぞんざいに投げ落とすと、片方が跳ねて裏を見せた。それに小さく舌打ちをし、隼人は足で転がしひっくり返す。三ヶ月、毎日のように履いている黒いローファーは、流石に新品の肩書きを返上している。その片方に、砂が付着していた。しかしそれに頓着せずに、隼人は慣れた靴に足を入れる。

「駒川君」
 まるで嫌がらせのように、隼人が靴をきっちり履き終わったタイミングで、声が掛かった。くるりと声の方向を振り返れば、そこには仁王立ちという表現が似合う雰囲気で結菜が隼人を睨みつけていた。
 放課後、周りに人がいない状況で女子に声を掛けられたら、十中八九、隼人の場合はその先の展開が決まっている。しかし、仮に隼人が人の心情を量るのがずば抜けて不得手でも、結菜の口から告白の類の言葉が出てくるとは思えなかった。
「何?」
 帰りたいんだけど、そういう気持ちを隠そうともせず、隼人は言った。それに、唯でさえ不機嫌な顔の結菜は、くいと眉を引き上げた。
「話があるの」
「だったらさっさと話せば?」
 怒りを押し殺す結菜と、面倒そうに対応する隼人。結菜の怒りの臨界点が突破するのは、最早時間の問題だろうか。
「他人に聞かれたくないんだけど」
 だから、靴を脱いでついてこい。口にせずとも続く言葉に、隼人は聞こえない振りをする。
「今だって、他に誰もいないけど?」
 それは事実だ。しかし、帰宅する生徒は皆この下駄箱にやって来る。今が偶々、部活があるなしで帰宅時間ずれる、その隙間の時間な為、おかしな時間に帰ろうとする隼人と、その隼人に用のある結菜がいるだけで、他の生徒は誰もいないというだけなのだけど、それでも、隼人のようにイレギュラーな存在がいることも確かで、ここで話し続けるのは、人のいない場所に移動するよりもリスクが高い。
 だが、そんなことを今ここで喚きたてたって無駄だろう。隼人は既に、結菜を受け入れる気はないようだ。それは、結菜にとっても同じことだったけれど。
「じゃあ言うけど」
 誰かがやって来る前に済ませてしまおう。結菜はそう決めた。
「莉茉に何をしたの?」
 莉茉は、特に自分のことになると多くを語らない。兄である櫂利にも、幼馴染である結菜にも。
 様子がおかしい、そう言った櫂利の情報は勿論結菜も気付いていた。それは、極々僅かなものだったけれど。
 莉茉は基本的に後ろ向きな考えをしない。羨ましくなるほどの前向き思考の持ち主だ。だから、そう気に病むことではないのかもしれない。
 しかし、莉茉がこれまで恋愛事に関ったことはなかった。全くと言っていい程に。
「何って……別に何もしてない」
 そう、何もしていない。寧ろ、されたのはこっちの方だと、隼人が主張しても間違ってはいない。
「じゃあ聞くけど、どうして告白断ったの?」
 くっと、今度は隼人の眉がつり上がった。何で知ってるんだという言葉は、自分のことを知りたがる女子のうんざりする言動を思い出して引っ込んだ。
 隼人に関する情報は、それこそ一斉配信されているかのように生徒中を巡った。誰々と付き合っている、別れた、今度は誰々と付き合ってる、もう別れたらしい。そんな、下品なゴシップ。
 しかし、告白を断ったという情報は、すぐには表に出てこなかった。恐らく、断られた本人が口を噤んだ為だろう。
 フリーのときに告白すれば決して断らない。そう言われる隼人に、断られたのは如何なる理由か。考え追求することは、若い少女のプライドを切り裂く。
 それでも、何人かに断る内に、その情報は表に湧いた。真偽は定かでない、噂として。
「そんなのあんたに関係ないだろ」
「関係ないわ。でも莉茉には関係してるんでしょう? だって莉茉と別れてから誰とも付き合ってないんだから。あの駒川隼人が」
 結菜の言葉に隼人は沈黙で答えた。それは、どうしたって、肯定の意味しか読み取れない。
 くるり、踵を返して隼人は歩き出す。ちょっと、という結菜の呼び止めを丸きり無視して、学校から去っていく。

 逃げられた。そう苦々しく思う一方で、結菜は可能性を見出していた。
 最近の莉茉を見ていて、結菜はまさか、そう、まさかとしか表現できない考えが浮かんだ。実際、未だに信じ切れてはいないのだけれど。
 隼人のことで莉茉からこれ以上のことを聞き出すのはまず不可能だ。それは長い付き合いでわかっている。だったらもう一人の当事者に聞くしかないと放課後隼人のクラスに向かったのだが、生憎そこに隼人はいなかった。親切に話し掛けてくれた男子に聞けば、何故かがっかりされたが、女子に呼び出されたと教えてくれた。そして、いるだろう場所も。
 そこで何が行われているか想像はつく。覗くつもりはなかったが、バッグがなければそのまま帰宅してしまうだろうと、隼人が通るだろう場所で待つことにした。しかしはたと気付けば、多分いると言われただけで、必ずいるとは限らない。結局、いるかどうかだけは確めに行かなければならないのだ。
 目的の教室の前まで行くと、中から話し声が聞こえてきた。どうやら間違っていなかったらしい。これ以上聞いてしまう前に離れよう、そう足を踏み出した結菜の耳に、どうして、という女子の声が聞こえた。好奇心に負けて耳を澄ませば、なんとあの駒川隼人が断っている。
 更に聞けば、立て続けに断っているという事実。本命が出来たの? と問うのに、別にと返す声がする。
 それでは、隼人は莉茉と別れてから告白されても断り続けているということだ。それは何故だ?
 まさか、本当に本命が出来たから? じゃあ、その相手は?
 自分の考えに呆然とする結菜は、結菜の存在に気付かずに下駄箱に向かう隼人を慌てて追いかける羽目になった。



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