考察 4

NOVEL HOME   INDEX  BACK NEXT



 時間が経ち、城野の頬の痣が消えていくのと同じように、噂もその存在を消していった。恐らくは、城野がそのことに一切口を割らなかったために、新たな情報を得られなかったことがその一因だろう。それでもしばらくは、勝手な憶測が飛び交っていたが、結局どれも信憑性に欠けた。
 実は優等生の仮面を被っているだけで、裏では色々とやっているだとか、女と揉めただとか。低俗な発言は、単に城野という存在をやっかみたかっただけだろう。
 ただ一つ、どうやら校内での出来事だったらしいという情報があり、頬に痣を作って登校した前日、頬を手で押さえて下校するのを目撃したとかで、唯一信憑性があったのだけれど、そこに信憑性を見出したのは莉茉だけで、やはり然して盛り上がることもなく消えていった。
 人の噂は七十五日とはよく言うが、情報の氾濫した現代では、七十五日もいらないだろう。下手をしたら、たった一日で消えていくものもある。
 それを証明するように、一週間も経てば誰も口にすることはなくなっていた。それはつまり、皆が既に興味を失ったということに他ならない。噂話とは得てしてそういうものだ。




*******************************





 幼馴染だから何か知っているのではと、城野について聞いてくる者達に辟易していた隼人は、その騒ぎがようやく収束に向かい、やれやれと安堵の溜息を吐いた。知らないの一辺倒で通した返事は、友人達にはお気に召さなかったようだが、そんなことは知ったことではない。実を言えば知らないどころかその原因なのだが、正直に話してやる気はさらさらなかった。
 あれから一週間、顔を合わせることすらしていない。意識的に避けているのも勿論だが、そもそもここ何年か、正確には幼馴染の二人が付き合い出してから、それ以前のような交流はない。紗耶とは同学年ということもあって話す機会はあるが、学年が違えばそうそう会うこともない。三年と一年は別校舎なので尚更だ。

 後は帰宅するだけの放課後は、意味のないざわつきで満ちている。話し声というのは、自分がその輪に入っていなければ、面白いくらいにただ雑音でしかない。
 部活もやっていなければ委員会もなく、さっさと帰るに限ると、隼人はバッグを肩に担ぐように持って立ち上がる。教室から出ると、まるで計っていたかのようなタイミングで一人の女子に話し掛けられた。

 一週間、吹聴して周るようなことはしていないが、昼食と下校の様子を見ていれば容易にわかることだろう。別れたと知ったから、告白をしにきたのだ。
 隙を突くような女子達の行動は、正直理解出来ない。湧いて出るように、彼女らは消えては現れて、好意をぶつけてくる。だが正直告げられる言葉はどれも薄っぺらくて、ひらひらと舞い、届く前に目の前で落ちるのが見えるかのようだった。
 告白を受けている間は酷く投げ遣りな気分に支配される。中々切り出さないことに苛々したり、積極的に体を押し付けてくるのに嫌気がさしたりして、面倒で投げ出したいとしか思っていないのに、それでもここにいる自分に腹が立つ。
 かつては、その感情通りに相手にしなかったこともあった。話がしたいと持ちかけられても忙しいの一言で済ませたし、いつの間にか下駄箱や持ち物に忍び込んだ手紙は中身も見ずに捨てていた。好きでもない、時には顔さえ知らない相手から好意を寄せられたって、それ以上なんて存在しないのだ。いちいち話を聞く時間と、それに返事をする労力は、無駄でしかない。
 それが変わったのは、言われたからだ。酷い、と。
 とても勇気を出して告白しようとしているのに、聞くこともせずに無碍にするなんて酷い。たとえ断るにしても、聞くくらいしてあげたっていいじゃないか。
 自分がその立場になったわけでもないのに、瞳を潤ませて、声を荒げた。睨みつけるその目と、興奮する肩を抱いて宥めながら、申し訳なさを宿す目が、遠くから自分を見ていた。

 かつて、同じ場所にいた。同じものを見て、同じものを聞いて、笑って泣いた日々はもう過去だ。並んで同じ道を歩いていたのに、いつの間にか自分だけが逸れていた。並んで歩く二人を、遠くで見ている。前に続いている道は、進めば更に二人から遠ざかる。

 それから、隼人は告白を聞くようになった。更に、それを受け入れるようになった。
 投げ遣りな感情と、どうしようもない苛立ちと、決定的になった溝を目の当たりにしたことの諦観と、そしてきっと、僅かな期待のために。


 陽の長くなり、あのときのように放課後の教室は朱に染まってはいない。それでも、想いを打ち明ける少女の頬は、赤く染まっていた。
 話し終わって、答えを待つように隼人を見る。その顔は、既に知っている答えを待っている。
 隼人は一度目を瞑り、息を吐く。

 そう、答えは既に決まっている。



NOVEL HOME   INDEX  BACK NEXT

Copyright © 2008- Mikaduki. All Rights Reserved.
inserted by FC2 system