考察 3

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「ってことは、生徒会長の痣の原因は駒川ってこと?」
「状況判断ではそうなる」

 現場を目撃したわけではないのだから、絶対にそうだとは言い切れない。もしかしたら知らないだけで、城野には自傷癖なんていうものがあるかもしれないし、彼女の紗耶はああ見えて豪腕の持ち主かもしれない。痣が出来る原因はそれこそ多々あって、本人が主張している通りに転んだという可能性だって否定できない。
 それでも、隼人が殴ってあの痣が作られたという仮説は、とても高い確率で存在している。

「何も殴ることないのに」

 城野を痛ましいと思い、隼人の暴力に訴えるという軽率な行動を結菜は批判する。確かに、暴力は善くない。人には口という情報を伝達する器官がある。それを使わないのは怠惰であるのか、それとも、言葉では伝えられない想いをぶつけたかったのか。

「男は拳で語るんだよ」
「何、唐突に」


 昔、莉茉が小学生で、櫂利が中学生だった頃。櫂利が明らかに殴り合いを伴う喧嘩をしてきました、という顔で帰ってきたことがある。問い質し、叱る母に、櫂利はだんまりを決め込んだ。お手上げ状態の母は、帰ってきた父に後を託し、父は櫂利の部屋へ入っていった。
 中でのことを莉茉は知らない。部屋は隣だったから、壁に耳を押し当てて会話を聞き取ろうとしてみたけれど、話しているということがわかるだけで、内容は聞き取れなかった。やがて、恐らく泣いているような、嗚咽のような音がして、それが止んで静かになって、父が部屋から出てきた。心配そうに廊下で待っていた母に、父が言った言葉は、当時の莉茉には衝撃だった。

 ――よく言うだろ。男は拳で語り合うって。

 男と女は違う。それは小学生の莉茉にもわかっていた。身近なところでは、母の体は柔らかいけれど、父は固い。母の声は高くて、父の声は低い。そして、決定的な違いとして、男にあって女にないものがある。そういうことを知っていたけれど、これは初めて知った。
 男には拳に話をする機能が付いているのだ。
 それを詳しく聞きたくて、莉茉は父の元に行った。
 兄のことで不安を感じているんだろうと思った父は、娘の頭を優しく撫でて、安心させてやろうとした。しかし、不安どころか好奇心に満ちた顔で、娘は手を掴んで自分のそれと見比べた。しげしげと暫く観察した後、こう問うた。

 ――どこも変わらないのにどうやって話すの?

 一瞬、何を言っているのだろうと思う。だが直ぐに、さっきの会話と結びつく。

 ――莉茉、実際に話が出来るのではないんだ。そうだな、手を握ったり、抱き合ったりするだろう? それに近い。言葉では表し辛いことを代わりに行動で伝えているんだ。

 それは、男の方が言葉で気持ちを伝えるのが下手ってことかと訪ねる莉茉に、父は少々困った顔をした後、そうかもしれないな、と呟いてキッチンにいる母に目を向けた。


 今になって、言いえて妙だ、と莉茉は思う。男の方が気持ちを伝えるのが下手というのは、恐らく間違っているだろう。問題は性別ではない。その人、個人の問題なのだ。ただ、殴り合いなんてことをするのは圧倒的に男の方が多くて、莉茉も、そして周りでも、拳で語り合う女を見たことがない。
 あの後、櫂利は暫く顔の痛さに顔を顰めていたけれど、数日後には妙にすっきりとした顔をして、仲直りしたということを莉茉にこっそり教えてくれた。それは、直接母には言い辛かった、思春期の男子故の行動だったけれど、その時の顔を見て、父の言ったことがやっと納得出来たような気がしていた。

「でもね、一方的では意味がない」

 父は、語り合う、と言った。だから、隼人だけが語っていても、意味がないのだ。
 昼の時点で、隼人についての噂は流れてこなかった。仮に隼人にも痣があったなら、皆の噂になるのは必至だ。それがないということは、隼人はいつも通りだということ。
 城野は、語り返さなかったのだろう。暴力は善くない、城野がそう考えてやり返さなかったのなら、それはそれで正しい判断だろう。それでも、ただ黙って享受することが、隼人の為なんだと、城野が考えたとすれば、例えそれが罪悪感故だったとしても、些か、高慢な考えだ。

 きっと、隼人が望んでいるのは対等、なのに。

 城野は、年上で幼馴染、故に兄としてのポジションを崩さない。いつでも先回りして、上手く立ち回ろうとする。
 少しの関りしかない莉茉でも、城野がそうあろうとしていることを感じ取れた。そして、隼人がそれを良く思っていないことも。

「城野も殴ってやれば良かったんだ」
「それじゃ喧嘩になるでしょ」

 何を物騒なことを、そう嗜める結菜に莉茉はわかってないなという、どこか悟ったような顔で肩を竦めた。

「その方が、結果としては良かった」

 わけがわからないと、結菜は首を振り、その時丁度予鈴が鳴った。弁当を片付けて立ち上がる。

「次数学だっけ。嫌だなー」

 愚痴る結菜の隣に並んで歩きながら、莉茉はゴミの入ったコンビニのビニール袋を指に引っ掛けてくるくると振り回す。


 城野が隼人を殴り返して、拳で語り合えば、あの時の兄のようにすっきりとした笑顔になれたかもしれない。そんな想像をして、莉茉はその考えを打ち消した。過ぎてしまったことはもうどうしようもない。いつでも、どんな場合でも、必ず最善な結果が訪れることは在り得ないし、そんな世界では成り立たないだろう。

 だが、どちらにしろ、莉茉にはもう、関係のないことだ。



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