理由2 2

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 人気の無い校舎裏で、ぐるりと複数の女子生徒に囲まれて、莉茉は文句やら批判やら罵声からを浴びせられている。恐らく大半が罵声だと思われるが、無秩序に口を開く為、聞き取り辛い。加えて、興奮状態の女の声は高い。結果余計に聞き取り辛い。極め付けに莉茉に聞こうという意思がない。
 本当に話をしたいと望むなら、もっと冷静に低い声で話すべきなのだ。そんなことを考えるが、そういったことを求めるには適していない相手だろうということは容易に判断できた。
 こういうシチュエーションをどこかで見た気がする。少し考えて至った結論は、玲奈に借りた漫画の中だった。

「あんたね、ちょっと長く付き合ってもらってるからっていい気になってんじゃないわよ!」

 そう言われて、そういえば付き合い始めてから一月経つんだと気づいた。為るほど、彼女らの行動理由はそこら辺が原因か。いつも短期間で相手を変える隼人のこと、今回もさっさと別れると踏んでいたのに、予想に反して長く続いていることに危機感を感じたのだろう。こういうのを健気というのかもしれない。少なくとも莉茉はそう評価してもいいと思えた。

「あんたみたいな大したことない女、隼人には相応しくないのよ」

 何を以って大したことないと評価されているのだろうか。初対面の人間に、莉茉の人となりを評価する程の情報があるとは到底思えない。相手を攻撃したいのなら、もっと効果的な言葉を吟味すべきだろう。
 望む結果を得たいのならば、そうしようという努力が必要だ。例えその行為の動機が善でも悪でも。

 しかし、明らかな侮蔑の言葉より、名前で呼ぶほどに親しいらしいということが気になった。


 数はざっと約十人。
 中心になっているのは先ほどから一番辛辣な物言いをする、恐らく上級生の女子生徒。茶色に染めた髪をくるくると巻いて、ぎりぎりまで短くしたスカートから伸びる足は細くて長い。反らせている胸は恐らくDカップはあると思われる。だが如何せん、昨今の世の中、素晴らしい性能の下着が出回っている所為で、それが正しい評価かどうかは剥いてみないとわからない。その機会が自分に巡ってくることはないんだろうなと、悲嘆にくれた考えをしていると、何も言い返さないことに痺れを切らしたのか、どうやら暴力に訴えるらしい。

 オーバーヒート気味だ。

 ドンと、肩を突き飛ばすように押され、よろめくように数歩後ろに後退する。
 残念ながら、日頃こういう場合の対処法を想定したことがない。一対多数では勝てる見込みなどありはしないし、都合良く武術の特技を持っていることもない。どうせやられるなら胸の大きさが果たして真実かどうかくらいは確かめても許されるような気がする。問題は服の上から触るだけでわかるかということだ。
 しかし服を脱がすという暴挙に出るのはいくらなんでも憚られる。流石にそこまでして知りたい情報でもない。

 そんな少々セクハラ染みた考えを莉茉がしていると、今度は別の女生徒の手が伸びてくる。その手を莉茉に突き出した瞬間、表情が変化する。しまった、という顔。でも勢いづいた手は止まらない。再びよろめいた体を、今度は柔らかいものに抱きとめられた。

 目の前の女生徒達が一様に気まずい顔をしている、という非常に残念な光景が目に入る。特に先頭だって自分に食って掛かっていた勝気な顔が蒼白なまでに崩れてしまっている。

 なかなかそそる、いい表情をしていたのに。

 不機嫌な気持ちで背後を振り返ればそこにいたのは生徒会長だった。

「何をしてるんだ」

 知的な顔のやつが怒ると怖いなと、眼鏡の奥の瞳を見ながら莉茉はそう思った。そして、こういう場面では隼人が現れるのが玲奈の漫画のセオリーだったと考える。

 集団行動が何よりも好きな女子に、城野は脅迫のような説教を垂れて、颯爽と莉茉を救出した。一言付け加えれば、助けたと思っているのは城野だけで、莉茉は寧ろ邪魔されたと思っている。これで真実は闇の中、というのは言い過ぎか。
 だがここは素直に礼を言っておくべきだろうと、莉茉は笑いそうになるのを堪えながら判断した。

「あの、ありがとうございました」

 心底安堵するように、か細い声を心掛ける。

「大丈夫だった?」

 終始気遣う城野に、申し訳ないと莉茉は少し思う。一応莉茉にも罪悪感というものは存在しているのだ。結菜は否定しそうだが。

 城野はとりあえず落ち着かせるための場所として、生徒会室を選んだ。莉茉を連れて行き、いつか座った応接セットのソファに誘導した。


 いつの間に呼んだのか、そこに隼人が現れた。
 描かれたシチュエーションをなぞるなら、来るのが少し遅いと、お茶を啜りながら莉茉は思った。


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