理由 5

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 始業時間前の教室で、莉茉は席に付いて窓の外を眺めていた。莉茉の席は窓際の中程にある。机に頬杖をついて、眠さで落ちてくる瞼に、視界を半減させながら、登校してくる生徒を見ていた。まだ登校していない前の席に結菜が座り、同じように外を眺めている。
 
 ポケットに手を突っ込んで、欠伸をしながら歩く者、仲良く登校する女子三人組、手を繋いで歩くカップル。
 そのカップルが、莉茉の目に留まった。
 
「何か、見たことある」
「え? どれ?」

 窓の方に身を乗り出して確認する結菜に、歩くカップルを指差して見せる。
 
「見たことあるも何も、生徒会長じゃん」
「生徒会長?」

 そう言われてよく見ると、いつかの生徒総会で、壇上にあった顔に似ているような気が、しないでもない。
 
「3年の城野先輩。生徒会長くらい知ってても罰当たらないわよ」
「それでは知らないと罰が当たりそうだな」
「そんなんで罰当たってたら、今頃莉茉は罰の当たり過ぎでどうにかなってるって」
「それは怖いな」
「全然怖そうに見えないけど」

 城野、そんな名前だったかもしれない。所詮、莉茉の他人に対する認識などそんなものだ。
 
「隣にいるのは真中さんだね。一緒に登校してるんだ」
「へぇ」

 城野の隣にいるのはこの間、ひょんなことから名前を知った真中紗耶だった。
 
「あれは、恋人同士なのか?」
「知らないの? 一番有名なカップルなのに」
「当人を知らなかったのだから当たり前だろう」
「まあ、そうよね。幼馴染なんだって、二人」
「それはつまり、私と結菜のような?」
「まあ、そうだけどさ。私達を当て嵌めるなら、城野先輩と駒川の関係じゃない?」
「何故?」
「駒川も幼馴染なんだって。三人幼馴染」

 話している内に、城野と紗耶が段々近付いてくる。近付くにつれ、その姿がはっきりとわかるようになった。仲良く手を繋いで、笑顔で歩く二人の姿。城野が紗耶の耳元に口を寄せて何か囁いた。それに紗耶は顔を真っ赤にして、城野の腕を数回叩く。
 紗耶がバッグを持っていないことに気付き、不思議に思ったが、直ぐに城野が二人分持っていることに気が付いた。その片方のバッグに、ピンク色のマスコットが付いていた。
 
 ピンクの、ウサギ。
 
 見覚えがある。当然だ、毎日のように見ているのだから、自分の部屋で。
 
「そう」
「駒川とそういう話しないの?」
「しないな。大体、君は友達がいるのか、などと聞くのは失礼だろう?」
「そういう聞き方しなきゃいいでしょ」


 登校する生徒の数が減り、数人の生徒が走って校舎へ向かう。何人かを校外に残したまま、無情にも鐘が鳴った。
 
 

 つまり、三人の幼馴染がいて、一人は女で二人が男。その内二人が付き合いだした。
 
 あぶれた残りの一人が駒川隼人。
 
 
 
 
 一つの仮説を念頭に置き、注意して観察してみれば、実に答えは簡単に出た。
 
 隼人と一緒にいる時、時折隼人の視線が明確な意思を持って一人の人間を追っているのだ。視線の先には一人の女子生徒。今はもう、莉茉も名前を知っている。
 
 ――真中紗耶
 
 どうして彼女の顔が、莉茉の記憶に残っていたのか。それは、隼人が度々見せる、苦味の混じった表情が見ている方向を確認し、無意識に記憶に留めていたということだろう。
 
 D組の教室で、躊躇いながら揺れた視線の先に、紗耶はいたのだ。
 中庭で弁当を食べた時、隼人が見ていた方向。印刷室かと思ったが、その隣には生徒会室がある。生徒会長の城野と、その彼女である紗耶が、一緒にお昼を食べていても不思議はない。そして、幼馴染である隼人がその事実を知っていることも。
 
 
「つまらない理由だったな」

 莉茉は人知れず笑った。
 
 自分の胸の奥の、その又奥が、得体の知れない違和感に襲われていることに、首を傾げる。それが、痛みであると、気付かずに。



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