理由 4
一口サイズのコロッケを口に頬張る。中に明太子を混ぜ込んだので明太子風味。他にもチーズ入り、肉を混ぜたミンチ風、ウズラの卵入りがある。
そしてもう一つ。
莉茉はコロッケをバナナオレで流し込みながら横目で隼人の動きを見守った。さり気なくコロッケを食べて見せて、自分も食べようという気にさせる。
果たして隼人はコロッケに箸を伸ばした。
その瞬間、自分の顔に笑みが否がおう無しに広がっていくのを、慌てて俯けて隠した。そうして横目で見上げながら、コロッケが隼人の口の中に消えるのを見守る。
隼人がコロッケを口に入れる。数度咀嚼するとその顔がみるみる歪んだ。しかし変化を最小限に抑えようと努力しているのか、無理矢理元の顔を維持しようとしている。その目にはうっすら涙が滲んできた。それでも、尚も噛み続け、飲み込んだ。脇に置いてあったペットボトルのお茶を煽るように飲むと、莉茉の方を向く。そして、何か言おうと口を開き、しかし、何を言うか迷うように、結局その口を閉ざす。
「ぶっ……ははっ……くくくっ」
隼人の様子に、堪え切れないというふうに莉茉は笑い出す。笑い転げる莉茉の目尻には隼人と同じようにうっすらと涙が浮かんでいた。
「ふははっ……君は、くくっ……随分と人がいいな」
「なっ……」
笑いながら何とか言葉を紡ぐ莉茉だが、地が出ていることに気付かぬほど可笑しくて笑った。
隼人は莉茉を見て呆気に取られていた。そして、あまりに無邪気で楽しそうに笑う莉茉に、怒る気力を失う。それ以上に、自分が怒るべきなのかどうかすら、よくわかっていなかった。
「それね、わさび入り」
ようやく笑いを収め、事も無げにそう言う莉茉に隼人はどう返せばいいのか戸惑った。
隼人が食べたコロッケには大量のわさびが混ぜ込んであったのだ。それを食べれば当然強烈な辛味に襲われ、ツンとするわさびに涙する。
既に何度も莉茉は隼人に弁当を作って食べさせている。今更不味い弁当を作っていくのは不自然だ。そこで考えたのがわさびだった。まるで罰ゲームのようなコロッケを口にして、隼人はどうするだろうか。いつもどこか不機嫌そうな隼人の顔が、歪む様を見てみたい。そしてその後どうするのか。
完全に愉快犯である。
「辛かった?」
「当たり前だろう!」
「生きるには刺激が必要。そう思わない?」
「はあ?」
飄々とのたまう莉茉に隼人は怒りを露にした。それを見て莉茉は一層楽しそうに笑う。
「その方がいいね」
「何が?」
「不機嫌な能面を貼り付けてるより、怒ってる顔の方がよっぽどもマシだよ」
何を言っているのか、隼人は上手く理解できないでいた。否、理解することを拒否していたのかもしれない。
午後の授業の予鈴がなる。
「授業始まっちゃうね。教室戻ろう?」
弁当の後始末をして、二人はそれぞれの教室に戻る。
隼人は階段で莉茉と別れ、トイレに入った。
鏡に映る、自分の顔。
――不機嫌な能面
このところずっと、いつも見てきた自分の顔は、正にその通りだと思った。
「くっ」
本当に、不思議な奴だ。実にはっきりとものを言う。それも、不意打ちで、心の奥に打ち込むように、重い言葉。
鏡に映った自分の顔は、いつもと違って、どこか楽しそうだった。
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