理由 2

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 昼休み、雨の日の中庭に人影はない。果敢にも雨粒の降りしきる中で弁当を広げようという者がいたら、それは賞賛に値するだろう。そしてそれ以上に愚かしいと思う。そんな想像をして、莉茉は一人でくつくつと笑った。
 
 初めて昼食に誘ってからずっと、莉茉は隼人と一緒に昼休みを過ごしていた。そして毎日弁当を作っている。
 二人分の食費が日向家に負担されることに、母から文句を言われるのではないかと思っていたが、コンビニで一食分を買うよりも結果的に安く済んでいると、逆に喜んでいる。弊害があるとすれば、早朝から起きだす生活を送るようになったため、午前中の授業に以前より身が入るようになり、午後の授業に以前より増して身が入らなくなったことだ。午後はほとんど眠気と戦っているだけと言ってもいい。
 
 こんなふうに雨の降っている日は、空き教室で昼食を取る。大抵は化学室。休みの前後の授業に実験が無ければ、ここは結構穴場だ。
 隼人を待ちながら、莉茉は自身の空腹に顔を顰めた。午前中に体育の授業があったため、いつもより空いているのだ。もう先に食べてしまおうかと本気で考える。
 
 
「悪い、待った?」
「うん」

 笑顔で肯定する莉茉に隼人は瞬間止まる。どうも時々莉茉は告白をしてきた時の印象から随分掛け離れた言動をすることがある。でもそれは一瞬のことで、続く莉茉の態度に、単なる勘違いだったと思うのだ。今だって、全く気にした様子もなく、弁当を広げている。
 隼人が初めて莉茉に会ったのは告白された時だ。どこかで擦れ違っていたかもしれないが、当然それだけの人間の顔をいちいち記憶してなどいない。
 第一印象は大人しそうな地味な女、だった。あまり自分の意見を言わなそうなタイプ。しかし実際は自分の主張ははっきりと口にするし、控えめで、遠慮がちな様子であるのに、何故かその目は鋭かった。
 時々気圧されそうになるほどに。

 莉茉がD組にやって来て、友人に付き合ってると知れた時、莉茉を知っている者はほとんどいなかった。中に、F組の楠家結菜を好きな奴がいて、その友達だと知っていたが、地味でどうして楠家と友達なのか不思議だと言っていた。その時、丁度二人と同じ中学の出身者がいて、幼馴染だから仲が良いんだと言い、これ幸いと楠家の情報を聞き出そうとしていた。
 そういえば、その延長で誰かが莉茉はどんな子だと聞いたとき、そいつは決して口を割らなかった。最後に一言、知らないとだけ言って、隼人をちらっと見た。
 その顔は、気のせいか同情的だった気がする。
 
 
「駒川君は雨好き?」

 莉茉は時折、こうやって脈絡のない質問を唐突にする。
 
「雨?」
「そう、雨」

 莉茉は唐揚げを口に頬張って、咀嚼しながら隼人の答えを待つ。
 
「別に、好きでも嫌いでもないけど」
「ふうん」

 つまらない回答だ、と莉茉は思う。曖昧さは美徳だという考え方があるけれど、それはいつでも当て嵌まるわけではない。
 
「そっちは?」
「結構好き」
「……何で?」
「匂いが好きだから」
「匂い?」
「雨の匂い。正確には土が濡れた匂い」

 わからない、といった顔で隼人は莉茉を見た。それに目線をやることだけで答え、莉茉は口元を緩めた。
 
 莉茉は立ち上がると、ベランダに出た。外に手を伸ばし、手の平に雨粒を受け止める。
 冷たい雨が自身の手を濡らすのをじっと見ていた。
 
 
 今、隼人が抱く莉茉の印象は、不思議な奴。



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