理由 1

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「莉茉、そんなに兄が嫌いか」

 莉茉の部屋に入ってきた櫂利は打ちひしがれた様子でドアに凭れた。
 唐突に何を言い出すのかと思いながら、莉茉は一応答えてやることにした。
 
「好きか嫌いの二択しかないのなら、嫌い、だな」
「こ、こんなにいつも可愛がってるのに、なんて酷い仕打ち……」
「話が見えない」

 どうしていきなりそういう話になるのか、本当に不思議そうにしている莉茉に、櫂利は自分の携帯電話を突きつけた。
 
「何度もメール送ってるのに、一回も返さないじゃないか」
「……メール?」

 莉茉は徐に立ち上がると、机の引き出しを開けてごそごそと中を探った。その様子を今度は櫂利が不思議そうに見ている。
 漸く探し当てた莉茉の手に握られていたのは携帯電話。二つ折りのそれを開くと、電源を入れる。どうやるんだったかと思い出しながら、メールの送受信をする。設定を変えてない味気ない電子音が鳴り、メールを受信したことを知らせる。結構な数だと思いながらスクロールしていくと、差出人は全て兄からだった。それもその筈、莉茉のメールアドレスを知っているのは櫂利だけなのだ。
 
「もしかして電源切りっぱなし?」
「後で弄ろうと思って、そのまま忘れてた」
「……意味ないじゃん」


 携帯は携帯する物だと、最もなことを兄に言われ、次の日から莉茉は携帯をバッグに入れた。マナーモードにしとけよ、という兄の助言の意味を分からずにいると、携帯を奪い取られ、何やら操作をして返された。これで音が鳴らない。
 
 
「結菜」
「何?」

 午前中の休み時間、莉茉は持っていた携帯を結菜に渡した。
 
「莉茉携帯持ってたっけ?」
「買った」
「やっと買ったんだ。番号教えてよ。あとアドレスも」
「知らない」
「はあ?」
「兄がやったから」
「あっそ、まあいいや。勝手に登録しとく」

 馴れた手つきで携帯を弄り、莉茉の携帯から自分の携帯へ電話を掛け、次にメールを送る。自分の携帯の履歴の番号と、受信したメールのアドレスを莉茉の名前で登録する。続けて莉茉の携帯に自分の番号とアドレスを登録した。
 用は済んだと返された携帯を、しかし莉茉は受け取らない。
 
「メールの返事送って」
「は? 私が?」
「そう、やり方わからないから」
「ああ、そういうことね。いいけど、誰に」
「アドレス二人しか入ってない」
「寂しい交友関係ね。私と駒川?」
「違う。結菜と兄」
「益々、寂しい……」
「そこはいいから、兄に返事送って」
「櫂君に? 何て?」
「どっちかと言えば好き」
「兄妹でどんな会話してんのよ……」
「深い意味はない」
「あったら怖いわよ」

 昨日嫌いと言ったのが、思いのほか堪えていたらしい。好きとか嫌いとか、改めて考える間柄ではないと思っているから、深く考えずにああ言ったが、一応訂正しとくか、とメールを出すことにした。
 因みに結菜に打たせているのはわざとだ。本当は自分でできる。これはちょっとしたお詫びのつもりなのだ。とてもささやかで、実際に、兄が気付くことはないだろうけど。
 
 
  結菜がメールを打っている間、莉茉は廊下を何とはなしに見遣っていた。結菜の席は廊下側の最後尾。直ぐ後ろを振り向けば、後方のドアから廊下が見える位置。
 長方形に切り取られた空間に、行き交う人が横切る。
 ふと、歩いてくる女子の一人と目が合った。その女子は莉茉を見とめると、ぺこりと頭を下げた。
 
「知り合い?」
 メールを送信し終えた結菜がその光景を不思議に思って聞く。
「否、全く」
「全くって、向こうは知ってる雰囲気だったじゃない」
「そう言われても……」

 必死に頭の中を検索するが、それらしい情報は引っかからない。

「真中さんでしょ? D組の」
「真中……」

 真中という女子が、莉茉を見た時、瞬間目が見開いた。その顔に、見覚えがあるような気がする。大きな目、まるで小動物を思わせるその雰囲気。
 
「確か、真中紗耶だったっけ?」


 ――紗耶、大丈夫か?
 
 
「あ、渡り廊下で転んでた人だ」
「転んでた?」
「そう、こないだ雨降った日、結菜を見に行った後に転んでたの助けた」
「あー、あそこ滑りやすいからねぇ」


 授業開始の鐘が鳴り、莉茉は自分の席に戻った。
 真中紗耶、よくよく思い出してみると、他にもどこかで見た記憶がある。D組ということは隼人と同じだ。隼人に会いに行った時に見かけただけだろうか。だが、それだけならここまで記憶に残っていたりはしない筈だ。もっと、注視していた筈。



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