昼食 5

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 「あのね、お昼一緒に食べられないかなぁ」

 疑問なのか提案なのか、微妙なニュアンスな言い回し。はっきりと食べないかと聞けばいいのに、曖昧な表現をすることで予防線を張っている。
 多分そういうことなんだと思う。あるいは控えめな性格であるとアピールするためだろうか。
 紙の上でデフォルメされた少女は、赤い顔を俯けて返事を待っている。隣を歩く少年は照れた顔を隠すように頭を掻きながら、いいよと言う。弾かれたように顔を上げた少女と、瞬間見つめ合って笑い合う。

 莉茉は漫画を閉じてふうと息を吐いた。マニュアルはマニュアルでしかなく、実際とは違う。その通りに実行したところで期待通りの結果が返ってくるわけではない。そんなことは当たり前のことだ。
 だから、莉茉の言葉に対する隼人の返答が酷く冷めたものであっても、寧ろいつも通りだと思ってしまう。
 ともかく、明日から昼食を隼人と一緒にとることになった。そして弁当を作って行く。


 料理については一時はどうなることかと思ったが、とあることで解決した。
 
 料理本を見ること、である。
 
 莉茉の母の教え方は、いい感じになったら火を止めるだとか、パラパラっと塩を振るだとか、とにかく抽象的でわかり難かった。そもそもパラパラというのは擬態語であって、状態を表す言葉なのだから、そこから量を推し量れなど、土台無理な話だ。
 本棚の奥で眠っていた料理本を引っ張り出して、その通りに作る、ということした結果、それなりに食べられるものが作れるようになった。それから、母の言うアレンジだとか、ちょっとしたコツだとか、お袋の味だとか言うものを参考に料理を作って学ぶ。
 
 莉茉は改めて、毎日料理を作っている母に感謝しなければならないなと、しみじみ感じつつ、食事の後の片づけを兄に押し付けた。





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 早朝五時。
 高校に入ってから、こんなに早く起きたことはない。  改めて遡れば、中学校の修学旅行以来のような気がする。
 そんな莉茉が早起きした理由は、当然弁当を作るためだ。

 二人で食べるのだから、やはり食べやすいのがいいだろうと、おにぎりを作ることにする。焼鮭入り、昆布入り、青菜のふりかけを混ぜ込んだもの、梅干は嫌いなので入れたくなかったが、暖かくなってきたこの季節、殺菌作用があるからという理由で母に強制的に入れられた。人様に食べさせるのだからと、気を使っているらしい。頼みもしないのに、せっせと手伝っている。人生初の自作の弁当は七割は母の手で作られていっている。
 梅干入りは隼人に食べさせようと、判別できるように海苔を裏返しで巻く。
 おかずは定番の卵焼き、砂糖を入れて甘めに。昨日の残りのハンバーグのたねを小さい丸にして焼く。母お手製のきんぴらごぼう。茹でたブロッコリーにマヨネーズ。飾りにパセリとプチトマト。デザートのパイナップルを別容器に。
 早朝、眠い目を擦りながら作り始めたときは、どうしてこんなことをやらなければならないのか、身から出た錆とはいえ、不満たらたらだったが、こうして完成してみると、達成感があって中々悪くない。
 
 きっと、隼人がどんな反応を見せようが、何と感想を言おうが、気にならないだろう。この時点で、莉茉は十分自分を褒め称えていた。



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