舞台裏

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「上手くいった」

 告白を終えて帰宅した莉茉は、既に大学から帰っていた兄に報告をした。
「それは良かったな、妹よ」
 兄はリビングのソファに足を組んで座り、コーヒーを啜りながら莉茉にも座るように勧める。
 制服のままソファに座ると兄が注いでくれたコーヒーに手を伸した。
「これ、淹れたてじゃないな。酸化してる」
 顔を顰め、一口手を付けただけでカップを兄の方に押しやる。
「贅沢言うな。豆は良いやつなんだぞ」
「台無しだな」
 妹の言葉は一々辛辣で一々尤もだ。
 確かに、コーヒーメーカーで朝淹れられたコーヒーは味が落ちている。
 それでもと、酸化したコーヒーを飲み終えて、足を組み直す。

 兄の足は長い。
 それは莉茉にとってどうでもいいことで、少しだけ気に食わない。これ見よがしに大きな動きで組み直された足を軽く睨む。
 因みに大きな動きというのは全くの莉茉の主観であって、実際より誇張された表現である。

「で?」
 先を促す兄の、云わんとしていることが分からず首を傾げる。
「これからどうする気なんだ?」
「どうって、付き合うんだろう?」
「何で俺に聞くんだよ」
「兄が分かりきったことを聞くからだ」
「じゃなくて、つか莉茉、男と付き合ったことないだろう? 具体的に何するかとか、分かってんの?」
「具体的、ねぇ……」

 顎に手を当てて、考える。
 男女交際とはつまり、最終的に結婚して子を作り、育んでいく、という過程の第一段階で、共に生きていくのに相応しい相手かどうかを見極めること、か。しかし、高校生の時分から結婚を視野に入れて生きている者など少数だろう。だとしたら相手を探り合う必要は全く皆無で、ただ日常の潤い、刺激のための刹那的な触れ合いに過ぎないと言えないか。そんなものに具体性を見出すとは、とても骨の折れる作業じゃないか。

 莉茉の思考はされた質問から確実に逸脱している。

 そんな莉茉の様子を見て、兄はそっと溜息を吐く。
 自分としては不純極まりないと思える理由で告白なんてものをして、まさか上手くいくとは思っていなかったから強く反対しなかったのだが、事態は莉茉の思惑通りに進んでしまったようだ。どうして断らなかったんだと、相手の男に文句を言いたいが、それにも増して哀れに思う。この際、色んなことに目を瞑って、妹が高校生らしい、楽しいお付き合いを出来るようにしてやるのが兄の務めかもしれない。
 実際のところ、そういう思考に行き着くことで、もっと色んなことから目を背けようとしていることに、気付いてはいるのだが、気付かない振りをする。これでも妹のことは可愛いと思っているし、心配しているのだ。

「大体携帯持ってねえじゃん」
「携帯って、必要?」
「必須アイテム」


 現代の若者にとって最も重要なコミュニケーションツールである携帯電話を莉茉は所持していなかった。必要性を感じないというだけでなく、どこにいても拘束されているような感じが堪らなく嫌だったのだ。だから両親に持つように勧められても要らないと拒否してきたのだが、必須アイテムとまで言われたらどうにかして手に入れる必要がありそうだ。


「心配だ」
 絶望さえも含んだような兄の呟きは、本格的に考え事をし出した莉茉の耳には届かなかった。


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