月の双子

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「三日月少年」
「三日月少年」
 同じ声が重なって、同じ言葉を振るわせる。示し合わせたように、それはぴたりと一致する。二つは交じり溶け合って、一つになる。そして、消えかけると再び二つに戻るのだ。

 呼ぶ声に振り返れば、そこには想像した通りの顔が並んでいた。
 同じ顔をした二人の少年。上弦と下弦は双子だ。何から何までそっくりで、何から何まで正反対。
 宙に浮かぶ翡翠の岩に腰を掛け、ぷらぷらと足を揺らしていた三日月少年は、二人の姿を認めて瞬間顔を顰めた。
「何の用だよ、ツインズ」
 振り向いた顔を元に戻し、背を向けたままで言う。言われた二人は同時にむっと顔を歪めた。
「確かに僕らは双子だけれど、そんなふうに呼ばれるのは不愉快だな。だって僕らがそれぞれ一人の人間だということをまるで無視しているみたいじゃないか」
「確かに僕らは双子だけれど、そんなふうに呼ばれるのは不愉快だな。だって僕らがそれぞれ一人の人間だということをまるで無視しているみたいじゃないか」
 ふうと息を吐き、仕方ないとばかりに三日月少年は今度は身体ごと向き直る。
「悪かったよ、上弦に下弦」
「それは僕を上弦と呼んでいるの? それとも下弦と呼んでいるの?」
「それは僕を上弦と呼んでいるの? それとも下弦と呼んでいるの?」
 まだ納得しない二人に、内心では投げ出したい気分ではあったけれど、それをぐっと堪える。
「左が上弦、右が下弦、だろう?」
 つくづく面倒だという感情を隠しもせず、投げ遣りに吐き出された言葉に、二人の少年は一瞬瞠目し、満足そうに笑みを浮かべた。
「流石だね、三日月少年。君はいつだって僕らを間違えない」
「流石だね、三日月少年。君はいつだって僕らを間違えない」

 全く同じものの違いなど、存在しない。上弦と下弦の違いも、同じように存在しない。その、筈なのだ。しかし、二人が上弦として、そして下弦として生まれでた瞬間に、二人は違う人間になった。
 何から何まで同じで、何から何まで正反対。

「満月少年なんか、まるで駄目なんだもの。でももっと酷いのは十六夜だな。一度だって当てられないんだから」
「満月少年なんか、まるで駄目なんだもの。でももっと酷いのは十六夜だな。一度だって当てられないんだから」
「それはわざとだろ」
 確率は常に半分、一度も当てずに間違え続けることなんて不可能だ。それこそ、答えを知っていなくては。
 どちらが上弦で、どちらが下弦か、十六夜はちゃんとわかっていて、でも間違えるのだ。それはまず間違いなく、二人を怒らせようという意思によるものだろう。意地の悪い奴だ。

「それで、結局何の用なんだよ」
 話を戻せば、二人はこくりと一度頷く。
「男がね、捕まったんだってさ」
「男がね、捕まったんだってさ」
 心底可笑しいという表情で、二人は物騒な言葉を口にする。
「また?」
 呆れたように言う三日月少年に、益々可笑しいと、二人は笑って肯定する。
「違法なものをね、売っていたんだってさ」
「違法なものをね、売っていたんだってさ」
「そんなのいつものことだろう?」
「だからいつも通り、間抜けに見つかったんだろう?」
「だからいつも通り、間抜けに見つかったんだろう?」
「まあな。でもまたすぐに出てきて、同じことを繰り返すんだから、懲りないよな」
「仕方ない、それがあいつの生き方なんだから」
「仕方ない、それがあいつの生き方なんだから」

「で、態々そんなことを言いに来たのか?」
 そこで二人は顔を見合わせ、片方の口角だけを持ち上げる。上弦は左を下弦は右を。
「忠告に来たんだよ、三日月少年」
「忠告に来たんだよ、三日月少年」
 三日月少年を見る二人は、綺麗に対称の顔をしている。
「三日月少年はあいつによく何かを貰っていただろう?」
「三日月少年はあいつによく何かを貰っていただろう?」
「それがどうした」
「とばっちりをくらわないように、お気をつけよ」
「とばっちりをくらわないように、お気をつけよ」
 はっと三日月少年は悪態を吐く。
「それこそ不愉快だな。そんな失態を演じるわけがないだろう」
 機嫌悪く言い捨てる三日月少年に、二人はくるりと宙返りしておどけて見せる。
「それならいいんだ」
「それならいいんだ」

 仲良く並んで去って行く二人の後姿を見ながら、やれやれと溜息を吐いた。一人なら構わないのに、二人揃うとどうしてああも鬱陶しいのだろう。
 膝に頬杖を突き、カツカツと、揺らした足の踵で翡翠を蹴る。すると、はらはらときらきらと、欠片が零れて舞い落ちた。
 しばらくは、これにも近づかない方が無難かな。そう考えて、翡翠の上から飛び降りる。
 少年の重みを失った翡翠は、ゆっくりゆっくり、宙を彷徨う。


 宙をたゆたう翡翠は、やがて二人分の重みを受けて静止した。
「ずるいよね、三日月少年は。いつだって独り占めなんだから」
「ずるいよね、三日月少年は。いつだって独り占めなんだから」



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