赤い丸い月

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 赤く赤く、まるで燃えているように、丸い月は輝いた。
 傍らに立つ少年は、悲愴な顔をして溜息を吐く。
 赤くなるとい現象は、満月だけに起こるトラブルだ。他の月には起こらない。だから、この悩みは、満月少年だけが持つ厄介事だ。
 一人ではどうにもこうにも手に余り、ついこの間、三日月少年に相談したが、結局解決策は出なかった。

「……どうしてなんだよ」

「お困りだね、満月少年」
 呟く声に、応えるものがあった。

 満月少年が振り向くと、そこには黒いマントに身を包んだ小柄な人影が立っていた。フードを目深に被り、唯一大きい鷲鼻だけがそこから覗く。

「なんだ、鼻無し婆か」

 満月少年は宙に手を伸ばし、落ちている星の欠片を拾った。それを手の上で跳ばせながら、鼻無し婆を睨み付ける。
 鼻無し婆は、月付きの少年達にとって天敵であり標的だ。己がかつて持っていた、若さという刹那を手に入れるため、月を狙っている。

「あっちへ行け」

 ひょいと、不意を付いたつもりで星の欠片を鼻無し婆に投げつける。しかしあっさりと、鼻無し婆はそれをかわした。

「まあまあ、そう焦りなさんな。話くらい聞いたって罰は当たらないさ」
「お前と話すことなんてない」
「どうしてそう赤いのか、婆は知っているんだよ。それでもかい?」
「……いらない。僕に必要なのは何故かじゃない」
「そんなことはないさ。理由がわかれば、対処のしようもあるってもんじゃないか」
「とにかく、鼻無し婆なんかの言うことなんて聞く気はないんだ」
「全く、何て酷い扱いだろうね。まあいいさ。それじゃあ勝手に話すことにするかね」

 鼻無し婆はそこで一旦言葉を区切ると、舐めるように月を見遣った。

「赤いのはね、恋をしているからさ」
「はあ?」

 頓狂な声を出す満月少年に、鼻無し婆はきっひと笑う。

「惚れた相手が傍にいるから、そんなふうに赤いのさ」

 満月少年はもう一つ星の欠片を拾うと、鼻無し婆の鼻目掛けてそれを投げた。
 それをまた、鼻無し婆は避けてみせる。しかし、それを待っていたように、満月少年は避けた先にまた星の欠片を投げた。それはぎりぎり鼻を掠め、命中しない。

 不穏な空気を嗅ぎ取って、鼻無し婆はまた投げられる前にそこから逃げた。

 鼻無し婆の言うとおり、恋をしているから赤くて、尚且つその相手が傍にいるというのなら、相手は満月少年以外にいない。それならば、満月少年は赤い月しか見ることができない。しかし、実際は違う。

 満月少年は再び溜息を吐く。
 鼻無し婆なんかの言葉を真に受けて、考えてしまうなんて、どうかしている。

 どうしようと、悩む満月少年の傍で、赤い月はゆっくりと、その色を変えていった。

「わかった。僕を困らせたいんだ。そうだろう?」

 満月少年の言葉に、月は反応しない。ただ、速度を変えず、ゆっくりと、その輝きの色を変えていく。



 まあるい月は赤く燃える
 どうして赤い?
 それはね――



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