新月男

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 きしきしと、古い金属が擦れるような、そんな声で男は笑う。
 その男の名を、誰も知らない。
 ただ、男は新月の夜に決まって姿を現すので、新月男と、そう呼ばれていた。


「どうしてこんな闇夜の日に、好んで姿を現すのさ」

 一筋の明かりもない闇の中、三日月少年は話しかける。
 きっと、新月男がいるであろう場所に向かって。

「それを知ってどうする」

 暗闇から声が返り、新月男がそこにいると、三日月少年に教えた。
 誰も新月男の本当の名前を知らないが、その姿も誰も知らない。新月の闇の中で、見えるモノは何もない。
 一体いつからそこにいて、いついなくなるのか、誰も知らない。新月の闇と共に現れるのか、闇が辺りを包んで暫く経ってからなのか、それとも、気紛れで変わるのか。
 そもそも、新月男が現れたのは、いつの新月からなのだろう。
 それすらも、誰も知らないのだ。

 新月に出歩くものはほとんどいない。何も見えない闇の中、標もなく進むのはただの愚かだ。
 だから、新月に出歩くものの多くは、それを望んで闇を進む。
 
 月の無い闇の夜
 くわりと大きな口を開け
 闇の魔物が待ちわびる
 全て全て
 ごくりと飲み込み
 何もかもが、闇の中

 子供を戒めるためのわらべ歌、しかし、魔物が事実存在していようといまいと、新月の夜に出歩けば、生きて返ることなどできない。長時間の闇の遊歩は、確実に人のココロを病ませて殺す。例外は、月付きの少年たちだけ。
 だから、新月男は謎の男だ。
 新月の闇の中、どうして生きていられるのか。
 そして、新月男に会ったことのあるものは、月付きの少年たちだけなのだ。他のものは彼らから聞き知っているだけ。


「知ってから考えるさ」

 きしきしと、新月男の笑い声が闇に響く。
 この声を聞く度に、三日月少年は背筋がぶるりと震えた。耳障りな嫌な声。思わず耳を塞ぎたくなる。

「逆の考え方をしてみればいい」

 するりと、三日月少年の頬を何かが撫で上げた。生温かく、柔らかい。それなのに、触れた後は痛いくらいに冷たい。

「……逆……」

 失った体温を呼び戻すように、手の平で頬を擦る。

「新月だからじゃなくて、新月だけしか駄目なのか……」


 新月男は新月の夜にだけ、決まって姿を現す。他の日は、決して現れない。

 三日月少年の呟きに、答える声はない。新月男がもうそこにいないのか、それともただ答える気がないだけなのか、三日月少年にはわからない。しかし、もう返事が返ってこないことはわかる。
 触れたのが、彼らにとっての合図だから。


 ――月の無い闇の夜
 ――くわりと大きな口を開け
 ――闇の魔物が待ちわびる

 三日月少年は唄う。
 軽いリズムと明るい調子。内容とはあまりにそぐわぬ軽快さで、楽しそうに口ずさむ。

 ――全て全て
 ――ごくりと飲み込み
 ――何もかもが、闇の中



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