不機嫌な三日月
「何だ、えらくご機嫌斜めじゃないか」
ニヒニヒと、男は笑う。
言われた少年は、憮然とした表情で四肢を月にしがみ付かせていた。
「三日月は明日だろう。大丈夫か?」
月は男の笑う口のように細く尖った形をしていた。三日月と呼ばれる月。
それに倣って少年は三日月少年と呼ばれている。
その三日月は、鈍い明かりを僅かに発するだけで、男の言うように不機嫌そうにも見えた。
「理由がわからないんだ」
するりとその表面を撫で、途方に暮れたように呟く。
それに男は益々笑みを濃くした。
「そんなこともわからないのか? 三日月少年」
暗に自分は分かっていると、馬鹿にされているのだ。
自分にわからないことを男が知っていることが堪らない。
三日月のことは、誰よりも自分が、三日月少年と呼ばれる自分が理解している筈なのに。
「じゃあ、ヒントをやろう」
内心ではその言葉に飛びつくように縋りたいのに、無言を貫くことでプライドを維持する。
男はそんなことはお見通しだというように、たっぷり間を置いて、もったいぶった仕草で、さあどうすると手の平を見せて問う。
「聞いてやってもいいけど」
くつくつと一頻り男が笑う。
「昨日、三日月少年はどこにいた?」
男はまるで道化のように、それだけ言って姿を消した。
少年の手にはいつの間にか赤いドロップが握られている。
ひょいと口に放り込むと、たちまち甘い味が広がる。
パチと一度スパァクして、消えた。
「ガキ扱いするな」
昨日は満月の様子を見に行った。
赤くなり過ぎてどうすればいいかと泣き付かれたのだ。
「妬いた?」
やっとわかったのかと言うように、三日月は少しだけ明るさを増した。
頼むから明日までには機嫌を直してくれよと、もう一撫すると、また少しだけ明るさを増した。
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